賤ヶ岳七本槍の一人として知られる平野長泰を初代領主とし、二代・長勝が築いた陣屋で、長勝は寺内町の支配権をめぐって対立した教行寺を箸尾に移転させ、その跡地に本誓寺と円城寺(後に浄照寺に改名)を建立して、本誓寺を菩提寺としました。
遺構はなく、町役場西隣の町民ホール前の駐車場と、その少し南にある水仙会館駐車場に説明板がある他は、堀代わりの川や堀の名残と思しき水路が見られるくらいです。また、菩提寺である本誓寺には二代・長勝と九代・長発の霊廟が建てられています。
ところで、平野長泰は賤ヶ岳七本槍のうち一人だけ大名になれませんでしたが(あえてならなかった、とも)、子孫も江戸期を通じて旗本交代寄合のまま大名にはなれず、明治新政府により念願の大名となるも廃藩置県までの3年間だけ…と、何とも不遇な平野さんです。ただ、他の七本槍の多くが断絶させられている中、藩主ではなくても明治まで領主であり続けたのは、実は凄いことなのかもしれませんね。
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