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カズサン

思川段丘を活用した丘城 (2018/02/26 訪問)

 小山城(祇園城)、小山評定場所の小山市役所までは行ってたのですが鷲城は支城、小さい城と思いパスしていましたが今回の宇都宮訪問の折探訪しました駐車場は小山総合公園を利用、登城は運動公園北側奥の登城口を利用。(情報とガイドは何時もの城郭放浪記さん余湖図コレクションさん)
 思川登城口、鷲神社下虎口、神社、中城、神社鳥居案内板、標柱、国道50号線橋より櫓台望み、中城、外城間の堀切を通り、思川登城口、小山総合公園に至る。
 総合公園には大勢の人が出ていましたが城域は私一人時期的には良いタイミングの城探訪でした。
 思川の河岸段丘を大堀切で中城、外城、外郭を切り分け、思川を水堀に縄張りされた土の城郭で充分見応えが有ります。

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にのまる

下りるために登る。 (2019/09/15 訪問)

史跡をぐるりと一周したあと、入生田駅(箱根登山鉄道)まで歩いて下りました。
前回訪城時に後ろ髪を引かれながら諦めた道です。(この時は連れが2人おり、多数決で負けた。)

途中にある早川石丁場あたりから遊歩道に入リました。
すぐに矢穴と刻印のある石の展示があり、早川駅からの武将パネルのように、石を見ながら歩ければ3kmの道のりも楽しいかも!と思ったのですが、期待した2個目の石はいくら歩いても現れなくて…。
下りだし、上原城や唐沢山城のようなヘアピンカーブではないので思ったほどたいへんではありませんでしたが、ちょっと飽きてきました。
が、引き返すわけにもいかないのでそのまま進むと、石曳道が出現。山から削り出した石材を川まで運ぶ道です。ほかにもまだ発見されていない何かが眠っているんじゃないかと思うとわくわくしてきます。
さらにさらに下りていくと残念石の展示場がありました。
山の中にはもっとたくさん転がっているそうですが、一般人がふらっと入ってはいけないみたいで(T ^ T)

無事に入生田駅に到着しスッキリ(^ ^)
次は真鶴とかの海岸にある石丁場に行きたい!


*土日祝日は小田原駅から石垣山城までバスが出ています。(小田原城も通ります。)
「小田原宿観光回遊バスうめまる号」で検索してみてください。
お城expoのついでに行かれる方にもきっと便利です。しかも安い(^^)

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小城小次郎

有子山城

ほぼ直登の急坂を制覇したその先に、雄大なパノラマに加え石垣や大堀切や石切場など魅力満載。だが一番凄いのは地表面に当時の遺構を色濃く残す「千畳敷」だと私は思う。

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トーダイ

城跡には電波塔施設があります (2018/08/03 訪問)

竹山城は、明応2年(1493)新免伊賀守貞重により築城され、城の東西に
竹が繫茂していたので竹山城と名づけられました。三代伊賀守宗貫の時、
関ヶ原の合戦で西軍宇喜多秀家に属し、敗戦のため廃城となりました。

登城入口<35.112107,134.324338>で案内板を確認後、約1700m登った
山頂の竹山城跡駐車場(馬場跡)を利用、西郭と太鼓丸跡に電波塔施設、
主郭跡は夏草ボーボー、しかし眺望は素晴らしい。

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花崗岩巨石を活用。全山、曲輪だらけ (2019/09/20 訪問)

比高130mと低いこともあり、麓近くから全尾根にとてもたくさんの曲輪が作られている。山体は花崗岩。高い切岸が花崗岩露頭で形成されているところがあり、見入った。
主郭の一段下の郭に共同受信アンテナがあり、登山道は整備されている気配があるが、わかりにくなりつつある。ケーブルが麓まで埋設されていて、表示があるので、それをたよりに下山しようとしたら、城にするだけあって、最後の10m余りで崖状に。崖崩れ対策のコンクリート壁、フェンスも行く手を阻む。登城の道の取りつき部分も急斜面で、かつ、花崗岩が風化した真砂土で滑り、立木をつかんでよじ登った。

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カズサン

本丸は野球場 (2018/02/26 訪問)

 孫のひな祭り祝いに宇都宮へ出掛けた折り何時もの城郭放浪記さん余湖図コレクションの情報とガイドで鹿沼城を探訪、駐車場を探しながら市役所駐車場を過ぎて野球場裏に登り路駐し周辺を駆け足探訪。表側に本来の駐車場が有りました。
 小田原征伐後北条方の為廃城、本丸、二の丸は野球場に成って消滅してるが東側の市役所駐車場は往時の城塁切岸を彷彿させる。

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トーダイ

土塁に囲まれた館跡です (2019/09/25 訪問)

鎌倉時代から室町時代前期に造られた賀陽氏の館跡と伝えられています。

農道が狭いので近くの空地<34.662028,133.843678>に駐車、グーグル
地図(写真)で確認後、土塁跡に囲まれた70mx60mの館跡(民家)
入口近くまで探索、幅約30mの堀跡から白鳥が飛び立ち驚く。

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ぴーかる

撫川城 (2019/09/14 訪問)

【撫川城】
<駐車場他>城跡前に3台分程の駐車スペースあり。
<交通手段>車

<見所>石垣・総門
<感想>日帰り備中境目7分の3城攻めの旅、4城目。庭瀬城跡から200m西に位置する城跡。戦国時代は庭瀬城と二個一のような感じで備中境目7城の内の一つ。江戸時代は庭瀬藩の戸川氏が改易後交代寄合旗本として5,000石を知行し撫川陣屋と称されたそうです。
 城跡は入口に移築現存の陣屋総門がきれいに残っており見応えある。城跡東側は土塁になっており、西側は野面の3m程の石垣になっている。北西隅は張出しが見られる。内部は井戸跡あり、現代の神社がある。

<満足度>◆◆◇

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赤い城

日枝神社が建っています (2019/09/23 訪問)

東急新丸子駅から徒歩で7分。
日枝神社が建っている辺りが跡地のようです。
遺構はありません。
太田道灌に敗れた豊島氏が籠城したとされています。
隣の駅の武蔵小杉はタワーマンションがたくさん建っていますがこちらは下町っぽい感じでした。

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イオ

黒塚古墳 (2019/07/12 訪問)

天理市柳本町には、室町期には柳本城が、江戸期には柳本陣屋が築かれ、いずれも黒塚古墳周辺を城域としていますが、写真の掲載枚数の都合もあり、柳本城と柳本陣屋の2回に分けて投稿させていただきます。

柳本城は室町期に楊本氏によって築かれましたが、十市氏が勢力を伸ばすにつれ没落し、やがて十市氏の支配下になったようです。

柳本城は、黒塚古墳の後円部を主郭とし、前方部(二郭)との間には幅6m、深さ3mの堀切が設けられていたことが発掘調査で判明しています。現地はもっぱら古墳推しで、堀切(掘割)の説明板がある他は、城址碑も柳本城についての説明板もありませんが、古墳を取り巻く周濠には水堀としての姿をうかがうことができます。

さて、その黒塚古墳、三角縁神獣鏡の大量出土により話題になりましたが、隣接する黒塚古墳展示館には、黒塚古墳の竪穴式石室が実物大で再現されていたり、出土した三角縁神獣鏡の複製が展示されていたりで、無料ながらなかなか見応えがありますので、お時間のある方は、あわせてぜひ。展示館には無料の駐車場もあります(場所はわかりづらいですが)。
 

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こげら

鳴海城跡 (2019/09/25 訪問)

旧東海道を笠寺から有松、桶狭間まで歩いて行く途中によりました。江戸方にむかい左側に小高い城跡があり、公園となっています。
また、右側には鳴海神社があり、そこに大きな城跡の碑がありました。

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刑部

ゴルフ場に喰われた城址 (2019/09/22 訪問)

案内板から500メートル、ゴルフ場なので途中までで戻って来てしまいました。

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カズサン

鵜殿氏の城、初登城 (2017/11/03 訪問)

 一昨年の11月上旬岐阜県恵那市の明智城、大正村探訪を終え国道363号線、国道419号線の山道を東海環状道豊田藤岡IC経由東名音羽蒲郡ICを降り赤坂宿、赤坂陣屋を探訪して愛知県蒲郡市の上ノ郷城へ赤日子神社を目指す。(情報、ガイドは何時もの城郭放浪記さん余湖図コレクション)

 桶狭間の戦いの後家康三河平定を目指すが鵜殿氏今川方として戦うも落城(1562年)遠江侵攻まで後6年家康の三河平定が掛ります。

 上ノ郷城は赤日子神社の直ぐ北西山手、車は神社奥の駐車場へここに上ノ郷城の案内解説板が有りパンフレットも入手できます、西に向かい案内に従ってミカン畑の中直ぐに北へ曲がり土塁上の城名碑の有る虎口を通り2郭1郭に上がる、1郭に上ノ郷城の大看板が揚ってます。 神社までは細い村道を通りますがナビで何とか到着します。

 この後豊橋市大口公園の二連木城に寄り初探訪、夕暮れでフラシュ撮影、国道362号線本坂峠越えで浜松へ帰宅

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カズサン

明智遠山氏末裔は遠山の金さん (2017/11/03 訪問)

 一昨年の11月下旬大河ドラマ「直虎」ブームに乗って奥三河、柿本城、武節城と廻り「道の駅どんぐりの里いなぶ」の観光案内所で明智に行く奥三河、東三河の細い県道情報を確認しましたがあまり良さそうで無く遠回りでも時間は変わらないよと言われ国道257号線で岩村城の在る岩村町中を通り国道363号線で明智町へ。
 明智城の存在は認知してましたが近くの岩村城に何回か訪ねるも明智城には訪れなく今回の初登城と成りました、駐車場は城域近く、明智町中を走行しましたが無く、明智駅の近くにはスーパー、観光施設も有り、「おみやげ処よってっ亭」奥に停めました。
 登城は駐車場から町中を大正ロマンを感じながら大正ロマン館前の明智陣屋、水堀、模擬冠木門を通り陣屋代官前の道を龍護寺へ明智光秀の御廟を見てお寺通り奥へ逆走するように畑坂道を登ると案内指示に従い明智城本丸にに登城。(情報、ガイドは何時もの城郭放浪記さん余湖図コレクションさん)
 登りは1人で龍護寺方面から下りは本丸に大勢の登城者がおりガイドを聞きながら大正ロマン館横に降りるルートを一緒に降りて来ました。
 駐車した所に在る「おみやげ処よってっ亭」に寄ると明智城の俯瞰図が額に掛けて有り写真を撮らしていただき資料縄張り図、パンフレットを頂きました。
 遠山の金さんは明智遠山家分家筋6代目とパンフレットに記されてました。
 当日は文化の日旗日で大正村は賑わってました。

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橋吉

城郭伽藍 (2010/04/10 訪問)

鎌倉時代に創建された真宗大谷派の寺院で、三河三か寺の一つに数えられる名刹であります。

寺院ではありますが、境内の周りは堀で巡らされています。
太鼓楼は、いかにも城の櫓の感があります。

このような境内のつくりを城郭伽藍といいますが、これほど見事に保存されているものは全国的にも珍しいです。

三河一向一揆(1563年~1964年)の時にはここを拠点として徳川家康と戦っています。もちろん、負けましたけどね。

現在では、至極閑静なお寺となっています。

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ちえじ

やっと来れたね〜〜! (2019/09/24 訪問)

お城の中は、すごく綺麗で展示物もたくさん。

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朝田 辰兵衛

首切り清水~のろし山間の登城道は,滑落注意で! (2019/09/22 訪問)

首切り清水~加護山山頂までは登城道が整備されていますが,首切り清水~のろし山間の登城道は,非常に狭く急勾配な難所もあります。下りる時のほうが危険だと思います。降雪時や豪雨時は登城を避けてください。誘導ロープもありません。すれ違いも場所を選ばないと大変なことになります。加護山,物見山,のろし山の散策で,軽く1時間は見ておいたほうがいいと思います。
なお,登城口にガイダンス施設があります。トイレもあり,村上城や大葉沢城のパンフレットも入手できます。もちろん,平林城も。
標高:287m,比高:260m。加護山山頂部の舘岩画像を誤って削除してしまい,ショックを引きずっています…。当分再登城する気にもならず…。
また,ここは村上市の南部に位置しますので,先日の新潟・山形地震後は,風評被害で観光客が激減したエリアになります。みなさん,足を運んでいただけると幸いです。
JR平林駅から,徒歩約25分で登城口です。

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ぴーかる

庭瀬城 (2019/09/14 訪問)

【庭瀬城】
<駐車場他>城跡前無料Pあり。
<交通手段>車

<見所>石垣・堀
<感想>日帰り備中境目7分の3城攻めの旅、3城目。城跡前に駐車場はあるが周辺の道路がかなり狭いので、大きい車はきつい。私は庭瀬駅前のコインPに駐車して行った。
 この城も備中境目七城の一つ。秀吉・宇喜多勢と激戦があり開城、宇喜多氏の領有となりしばらく無城主となる。江戸時代は宇喜多氏の重臣であった戸川達安が入城、庭瀬藩を立藩し二の丸に庭瀬陣屋を置くがその後断絶、板倉重高が2万石で入封し、江戸時代の終わりまで支配したそうだ。
 城跡周辺は庭瀬駅から少し西に歩くと濠が縦横無尽にある。濠は撫川城跡周辺まで続き、現在は広大な環濠地区のような感じとなっている。築城当時は沼地だったことから、その後城から徐々に濠を整備していって現在のような形になったような気もする。
 城跡は奥の遊具のある公園の郭の石垣は当時の感じがある。手前の小さい郭は新しいのが加えられていたように見受けられた。

<満足度>◆◆◇

<グルメ>洋菓子「サンドリオン」お勧めはチーズケーキを3種類揃えている。店内でも食べれる。ちょっと小さめなのが残念。城ガール達が城跡散策後の休憩に最適でしょう。

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カズサン

武田勝頼敗走1泊の城 (2017/11/03 訪問)

 一昨年の11月上旬愛知県新城市柿本城を終えて国道257号線を岩村城方向へ進行し稲武へ国道257号線と国道153号線が交差する所に「道の駅どんぐりの里いなぶ」が在ります、道の駅から東の山を望むと山裾に墓地が在りその上に「武節城」の看板が在ります、国道153号線トンネルの上が武節城です。
 この道の駅は何回と利用しており武節城が在る事は分かって居ましたが岩村城、恵那方面観光とかで登城する事は有りませんでした。
 
 武田勝頼が長篠の戦いで敗北し伊奈街道(国道153号線)経由信州甲斐に戻る途中に武節城で宿泊したと伝わってます。
 
 道の駅からトンネルの上から入るコースと道の駅から北に下って村落から登るコースこちらは車で本丸まで行けます。車は道の駅駐車。

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赤い城

宅地化され、遺構はありません (2019/09/21 訪問)

聖蹟桜ヶ丘駅から徒歩で15分、「天守台」の碑が立っているだけで遺構はありません。
登っていく道路はヘアピンのカーブで地形的には高低差があることが分かります。
金比羅宮が建っている辺りが主郭のようですが改変されていてよくわかりません。

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