例の如く深夜の高速道路を大声で歌いながら、自宅から4時間かけて到着したのが二俣城。
攻略に手を焼くものの、川沿いに櫓を組んで鶴瓶式井戸を使っていた水の手を、上流から空船を流して櫓を破壊して切る事で落城させたという、信玄らしくインテリな攻城をした場所になります。
(山本勘助亡き後、ほとんど強硬策を取らずに勢力範囲を広げて行けたのは、勘助の遺言を信玄が守ったのか、それとも勘助の弟子ともされた高坂昌信や真田昌幸の力を上手く活用したのか・・・)
到着したのが丁度明け方の時間で、ものすごく寒かった為か・・・主郭にある芝生から天守台の石垣までびっしり霜が降りてまして・・・
危うく埼玉の中城、東京の小田野城・千葉の真里谷城に続く4度目の転倒をするところでしたε=(´Д`;)(危)
二俣城は石垣だけでなく、高低差を利用した土の遺構(土塁・堀等)も残っており、信玄でも攻略に苦労したのが良く解る気がします。
朝早すぎて、近くにある徳川家康の長男・松平信康の菩提寺・清瀧寺が開いて無かったのが痛恨でした・・・
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