限定御城印を手に入れるため福山駅近くの福山城を再訪。
この日は時間がなかったので東側から近道しました。
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2019/11/26 20:43
御城印を目当てに再訪 (2019/11/02 訪問)
限定御城印を手に入れるため福山駅近くの福山城を再訪。
この日は時間がなかったので東側から近道しました。
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2019/11/26 18:42
一方通行の右手。 (2019/11/09 訪問)
埼玉県熊谷市「成田氏館」に行きました。
「のぼうの城」でお馴染みの成田氏。
初代 成田 助高さんから成田 親泰さんが「忍城」に移るまでの400年位、本拠地でした。
実は、なかなか見つからず同じ道を何度も通りました。
車で国道17号の大きな通りを深谷市方面に走り「上之」の信号を左折、ではなく鋭角に一方通行を左折です。
間違って、左折して国道に戻るを何回かしました。
右手に「成田氏館」の石碑があります。お隣は牛小屋。前は成田山泰蔵院の大きな駐車場です。
写真を撮る位だったら路駐できるスペースがあります。
遺構はありません。
苦労して来たんだからっ、と思い写真を撮りまくろうとしましたが三枚が精一杯です。
周りは民家と牛小屋です。
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2019/11/26 17:45
大切にされている城 (2019/10/27 訪問)
美濃国守護土岐氏の一族・土岐康貞が築城し、次代から久々利氏を称し居城としました。織田信長の美濃攻略により森氏に従うも、本能寺の変を機に離反したことで、森長可に攻められ落城、その後、森氏の支城となりましたが、森忠政の信濃国川中島への転封にともない廃城となったようです。
縄張は谷をはさんで東の尾根と西の尾根に大別され、東尾根には斜面沿いに曲輪が段々に配置されています。一番下の曲輪は大手として曲輪全体が枡形虎口状になっており、三の丸から見上げる二の丸、本丸の切岸は急峻で、随所で横矢が掛かるようになっています。本丸から先も、土橋あり、二重堀切あり、竪堀ありと見どころ満載で、さらに西尾根にまわって堀切や竪堀を確認しながら下山できるようになっています。
この日は山城サミット2週間前のため、あちこちで整備作業をされている方に出会いましたが、こうして下草や灌木をきれいに刈ってくれているからこそ切岸の急峻さも際立つんだよなぁ、とただただ感謝…。よく整備され、手書きの案内板などもあって、本当に大切にされていると感じる素晴らしい城でした。
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2019/11/26 06:11
2019/11/25 23:00
三遠境目の山城 (2019/11/20 訪問)
城址西側の嵩山町集落へ国道362号から水路沿いの道を入った先が登城口(34.807124, 137.465678)です。
駐車場はないので登城口手前の路肩スペースを探し停め登城しました。
月ヶ谷城は三河西郷氏が本城とし今川氏の台頭により服したが、桶狭間の戦い後自立した松平元康に協調する。
今川氏は離反する国人により広がる抗争に対し挙兵し、城主西郷元正は三遠境界を守備する遠江宇津山城主朝比奈泰長に討取られ落城しました。
登城口は小さな水路があり簡素な丸太橋が架かっています。その脇に黄色い標柱が立ち「月ヶ谷城址入口」と書かれています。
登城路には所々折れ点等に木製の赤矢印板があり約20分で主郭です。
主郭は二段構造で高低差がつけられており部分的に土塁が見られます。また内枡状の屈曲する虎口が二か所しっかりとした形状を成しています。
その他主郭南下のⅡ郭には井戸状の深めな竪穴が見られますが用途不明です。
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2019/11/25 21:01
2019/11/25 18:06
天守台 (2019/11/23 訪問)
江戸時代から現存している天守。城郭の威厳を示しながらも、何故か心も和ませてくれる木造建築の温もりや素晴らしさは、先人の方々が遺してくれた我々に対する賜物ですね。
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2019/11/25 17:20
発達した城郭構造 (2019/10/27 訪問)
大森城を築城した奥村元広は、美濃金山城主となった森氏に従っていましたが、本能寺の変の後、謀反を企てたとして森長可に攻められ、大森城は落城しました。その後、廃城になったとも、発達した城郭構造が見られることから、森氏が改修して美濃金山城の支城としたとも言われます。
大森神社の裏山の山上部に三つの主な曲輪があり、各曲輪は土塁で囲まれ、各曲輪の東側と西側には巨大な横堀があり、堀底から見上げる主郭の切岸はかなりの高さです。また、曲輪と曲輪の間には堀切や土橋が設けられ、最北部には小規模ながら枡形虎口もあり、藪になっている箇所もあるものの全体的によく整備されていますし、比高も35m程度のため手軽に技巧的な縄張を堪能できる城です。
目立った遺構の少ない土田城でも久々の山城は楽しく歩けましたが、やっぱり様々な山城の要素が詰まった城を歩くのはなお一層楽しいですね。誰もいないのをいいことに、「おお…」などとうなりながらの散策でした。
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2019/11/25 12:50
2019/11/25 07:19
2019/11/25 06:53
国史跡 (2019/11/17 訪問)
この城の前に向かった傘松城は、遊歩道が倒木で塞がれ、雨上がりで水も流れていたので登城を断念しました。寺林公民館に車を駐め歩いて寺林城へ向かいます。標柱はすぐに見つかりましたが、登城口ははっきりとしません。規模の小さな丘城といった城ですので、直登もさほど困難ではありませんでしたが。
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2019/11/25 00:19
2019/11/24 23:50
2019/11/24 23:18
2019/11/24 23:17
2019/11/24 23:14
2019/11/24 22:18
岐阜城と対峙する明智光秀ゆかりの土岐氏の山城 (2019/11/24 訪問)
11月10日(日)、可児市で開催された山城サミットで大桑城のブースに立ち寄り、大桑城から金華山の岐阜城を捉えた写真を見せていただき、その景色をどうしても自分の目で見たくなり、今日、行ってみました。
はじかみ林道の登山口まで車で上がり、登城道を登ると古城山の頂上にある主郭へ到着。
主郭にはミニ大桑城(高さ約3mの模擬天守)があり、その前から見ると確かに金華山まで見通せ、その上に岐阜城がはっきりと見える。
美濃国守護土岐氏とゆかりのある明智光秀、岐阜城で繁栄を極めた織田信長を感じる山城です。
こんかいは、関市の日龍峯寺を午前中に廻り、大桑城での時間が少なく、主郭だけの登城でしたので、今度は古山城登山口から上がり、曲輪跡を巡り、城下も時間を取って堪能したい。
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2019/11/24 21:32
2019/11/24 21:10
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