土田城は織田信長の生母・土田御前の出生地と言われ、室町中期に土田氏によって築かれました。土田氏が断絶した後は、生駒氏の養子となっていた生駒親重、その子の生駒親正が城主となりましたが、天正2年、親正は織田信長に仕えて土田城を去り、廃城となったようです。
可児川南岸の城山の最高所に本丸、そこから尾根沿いに小規模な削平地(出丸)が設けられており、本丸と中出丸の間に堀切があるほか、金子山出丸への登城路に石積みが見られますが、遺構か後世のものかよくわかりませんでした。
今年は可児市で山城サミットが開催され、来年の大河ドラマは明智光秀が主人公ということもあり、「ニッポン城めぐり」では明智荘周辺をめぐるスタンプラリーが開催されていますが、山城サミットに行けるかどうか微妙だったので(結局行けました)、せめて城めぐりのスタンプラリーだけでも行っておこう、ということで、この日は可児の山城めぐりです。
大脇公民館の駐車場に車を駐めて登城開始。本丸への登城口を見落とし、可児川沿いの古城めぐり遊歩道を進んで行くと、山側の岩盤がのしかかってきて、川側はトラロープが張られただけの断崖。前夜の雨で足元の枯葉は滑りやすく、崖下の可児川は岩場の中を流れる急流。足を滑らせたら確実に死ぬ……遊歩道入口の注意書きの「自己責任」の言葉が脳裏をよぎります。幸い、ほどなく遊歩道は川を離れましたが、しばらく歩いても登城口は見当たらず、見落としたかな…と思っているうちに朽ちた案内標識を発見。ここから金子山出丸に登るようです。
そこそこ急な斜面を直登すること約5分で金子山出丸と中出丸の鞍部に到着。あまり時間の余裕がないので、金子山出丸はあきらめて中出丸から本丸に向かいましたが、ところどころ道がわかりづらく、随所に貼られたテープやリボンが頼りでした。本丸で眺望を楽しんだ後は、当初登るつもりだった急な山道を下って駐車場に無事帰着しました。
一応、登城口や登城路の案内標識はあるものの、あまり整備されているとは言えず、急斜面だったり危険な箇所もあるので山城装備は充分に。トレッキングシューズ必須、ストック推奨です。
でも、4月以来半年ぶりの山城歩きはやはり楽しく、山城シーズンの到来を堪能した土田城でした。
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