一之瀬城を本拠地とする豪族愛洲氏は、南北朝時代、南朝方を支える勢力として活動していました。
延元二(1337)年、伊勢に下向してきた後醍醐天皇の息子宗良親王を愛洲太郎左衛門らが一之瀬城に迎えています。
このことは、右の和歌の詞書によって知ることができます。
当時の城は、後世の城のように高い石垣や堀をもつのではなく、この一之瀬城のような山城が一般的でした。
一之瀬城の東の城跡は、大然の要害という地形を得て築城され、台状曲輪(主郭)を中心に空堀、土塁などをめぐらしています。ここから西に見える山頂(西へ400 メートル)には西の城跡があり、曲輪、堀切などがよく残っています。
一之瀬城は東西の城が一体となって機能した中世の城でした。 (説明板より抜粋)
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