傘内氏が築いた篠の丸城があったが、1580年(天正8年)羽柴秀吉に攻め落とされた。
その後、黒田官兵衛が秀吉からこの山崎に領土を与えられた時は、山上の篠の丸城を居城としていたようである。
木下勝俊が1587年(天正15年)に、現在の山崎城がある鹿沢の地に築いた。
江戸幕府になり、山崎藩は1615年(元和元年)鹿沢の山崎城を政庁として、池田輝政の4男輝澄が3万8千石で入封した。
その後、松井氏、池田氏、本多氏と、3度藩主交代を経て明治維新を迎えた。
廃藩置県後は、学校施設などが設置されたが、現在本丸跡は本多公園となり、幕末期の設置とされる紙屋門などが残る。
今回初めて山崎城を訪れたが、本丸跡は本多公園として整備されていて、石垣などは新しく整備されているが、当時偲ぶことができる。
本丸内に移築された山崎歴史民俗資料館(龍野治安裁判所山崎出張所)ある。
また、宍粟市立図書館の2階にある山崎歴史郷土館は、図書館の受付の人に声をかけて見学されてもらった。
そして駐車場は、図書館の南側を利用した。
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