藤田駅から阿津賀志山防塁に向かう途中、藤田城の案内板を見つけました。「ここから200メートル」とあれば寄らない理由はありません。
城びとにも城めぐにも登録されていませんが、現地の説明板を読むと↓↓↓のようなことが書かれており、重要なお城だったということがわかりました。
✳︎阿津賀志山の戦い(1189年)の折に、鎌倉軍の源頼朝が本営を置く。
✳︎南北朝時代には霊山城の支城として南朝方の拠点となる。
✳︎室町期の城主藤田氏は伊達稙宗、晴宗父子が争った天文の乱で稙宗方について敗れ、藤田城も廃城となる。
住宅街の方形の空き地で、土塁に囲まれ、堀跡や枡形虎口も確認できます。現在見られるそれらの遺構は天文の乱の頃のものだと考えられているのだそうです。
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