弓木城は一色家の家臣、稲富氏によって築かれました。天正6年(1578)から
始まる明智光秀と細川藤孝の丹後侵攻、翌年に一色義道の居城建部山城が落城、
子の一色義定は弓木城に籠城して抵抗しました。織田軍は攻略できずに和睦、
義定は藤孝の娘を娶り、以後弓木城を居城としています。しかし本能寺の変後、
義定の反乱を恐れた細川忠興は義定を宮津城に招き謀殺、弓木城にも兵を送り
落城させました。
城山公園駐車場を利用、登城口<35.565566,135.146328>脇の案内板を確認、
小山ながら急峻、2つの曲輪跡、堀切・切岸・竪堀跡など、良く残っています。
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