織田長益(有楽)の五男・尚長が、父の隠居に伴い1万石の分治を受けて立藩、柳本に陣屋を築いて、明治に至るまでこの地を治めました。
現在の柳本小学校が柳本陣屋の藩邸(御殿)跡で、その北側にある黒塚古墳(柳本城跡)と周濠を陣屋北方の守りとし、小学校校庭の西辺と、大手西門脇の使者溜跡などに往時の石垣が見られます。
藩邸は明治以降は柳本小学校の校舎として使用されましたが、昭和41年、校舎の改築に伴って大書院と玄関が橿原神宮に移築され(現在の橿原神宮文華殿)、通常非公開ながら、塀越しにその姿を覗うことができます。
また、小学校の南西には柳本藩織田家菩提寺の専行院があります。
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