続日本100名城

くのへじょう

九戸城

岩手県二戸市

別名 : 福岡城、宮野城、白鳥城
旧国名 : 陸奥

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九戸城
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ホリタカ

レンタサイクルで天を衝く (2021/11/20 訪問)

小説「天を衝く」の九戸政実の九戸城。二戸駅からレンタサイクルで15分ほどで着きます。

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TMN97

九戸城 (2021/11/03 訪問)

九戸城

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トベシュン

2020 東北城巡り (2020/11/07 訪問)

二泊三日東北城巡り、初日は岩手の城をめぐりしました。

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ぎりょう

戦国時代の最終戦 九戸政実公の居城を歩く (2021/07/23 訪問)

先般、地元栗原市の鶴丸城を投稿した際、帰り道に九戸政実首級清めの池があった。日本戦国時代の最終戦「九戸一揆」において奥羽再仕置き軍6万をわずか5千の兵で迎え撃ち、難攻不落の城に苦戦した鎮圧軍は謀略を巡らせ、政実に家来・婦女子の助命と引き換えに開城を勧め、開門するや城内に放火、城内の者を撫で斬りにした。政実以下重臣7名が仕置き軍総大将豊臣秀次の本陣三ノ迫(宮城県栗原市)に護送されそこで斬首された。
これは九戸城跡を見に行かねばならぬとの思いが募り、7月の4連休2日目の早朝、東北自動車道を北上していた。八戸自動車道一戸ICで高速を降り二戸市を目指し午前10時に九戸城跡ガイドハウスに到着できた。そこで九戸城跡案内図(周辺地図に城の鳥瞰図、一揆の際に攻城軍が陣取った方角を記載したものでなかなか見やすい)を頂いて攻城を開始する。
ガイドハウスの有る旧三ノ丸跡地から城内に。本丸の切岸を西から北に廻り、二ノ丸と石沢館(外館)の間の堀切を通り二ノ丸搦手門跡から二ノ丸へ。夏場とあって草深く外曲輪のイメージがつかめない。城は九戸一揆終結後に蒲生氏郷により本丸南側、東側に石垣を伴った直線的な堀や、食違い虎口に改修され、南部信直が福岡城と改名して、寛永10年(1633)の盛岡城築城まで本拠地としたという。
九戸一揆時代の中世城館のイメージは西方に位置する石沢館や若狭館、二ノ丸南側の切岸、深田堀などに見ることができる。本丸、二ノ丸、他これまで数度にわたり発掘調査がされており、今後さらに観やすく整備されることと思う。
ガイドハウスのある九戸城エントランス広場に駐車可能。

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城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 明応年間(1492〜1501)
築城者 九戸氏
主要城主 九戸氏、南部氏
文化財史跡区分 国史跡(九戸城跡)
近年の主な復元・整備 蒲生氏郷
天守の現況・形態 不明
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)
住所 岩手県二戸市福岡城ノ内
問い合わせ先 二戸市観光協会
問い合わせ先電話番号 0195-23-3641