くつかけじょう

沓掛城

愛知県豊明市

別名 : 沓懸城
旧国名 : 尾張

投稿する
沓掛城案内板
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

野良犬

今川義元が最後の夜を過ごした沓掛城 (2020/04/22 訪問)

沓掛城(沓懸城とも)は、今川義元が桶狭間の戦い前夜に軍議を開いた場所です。
旧鎌倉街道沿いの要衝ですが、現在では周囲を田畑と住宅に囲まれた平城です。
遺構としては本丸、曲輪、空掘、土塁、土橋?が残っております。
本丸は現在の城の規模にしては大きく、当時はもっと大きな城であったのではないかと思わせます。
曲輪は高台になっており物見櫓があったとも言われております。
幅8mほどもある当時は水も湛えていたであろう空堀が巡らされておりますが、その外側には土塁や外堀などの遺構はない平地です。
城周辺は小高い丘がいくつもある丘陵地で、そちらの方が見張りにも、防御にも適していたと思えるのですが、ここを選んだ理由は何かあるのでしょうか。
今川義元は2万5千の大軍もの大群でやってきたそうですが、本隊は城に泊まれてもその他大勢はどこにいたのでしょう。

桶狭間の合戦当日、今川軍本隊は5000人程で沓掛城を出陣。その際に落馬してしまったので塗輿に乗り換えていた。
本体より先に出陣した先発隊が、松平元康が兵糧入れを行なった大高城を取り囲む信長方の鷲津砦、丸根砦を攻略したのを聞いて、義元は桶狭間山で休憩・昼食中(酒宴?)に悪天候となったところで、義元が乗っていた輿が目印となってしまい、信長に急襲されてしまった。

隣接する慈光寺は、パッと見ると館城のようで当時の沓掛城を偲ばせます。
駐車場は10台分程あり、トイレもあります。
堀を探索していたら隣接する乗馬クラブの厩舎からお馬さんが顔を覗かせました。
春は桜の名所としても有名で、初夏の空堀には蛍が舞うようです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

がっくん

今川義元公立ち寄りの城 (2012/07/28 訪問)

沓掛城には入らなかったという説もありますが、通説通りだとすれば色々思うことがあります・・・

+ 続きを読む

カズサン

義元公桶狭間戦前泊の城 (2017/05/16 訪問)

 一昨年の5月中旬和歌山県太田城、粉河寺を終えて帰路の途中に和歌山県橋本市の岩倉城、霜山城、奈良県大和郡山市の小泉城、筒井城探訪し西名阪道、東名阪、湾岸道経由して豊明ICを降り北上して沓掛城の駐車場へ車を停め夕刻初登城。
 城址公園として保存整備され駐車場、トイレ、案内板が備わって居り大変便利、水堀越しの橋を渡り本城へ、本丸、二の丸、諏訪曲輪、水堀が周りを囲ってる。
 今川義元公の最後の宿として有名です、一昨年の3月初旬に桶狭間古戦場、桶狭間2城5砦を廻って唯一関連の城が残ってましたのでやっと訪ねる事が出来ました、義元公の最後の晩餐は何だったのでしょうか?義元公を偲ばれる登城です。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

桶狭間散歩 (2019/07/06 訪問)

 本丸、諏訪曲輪付近が公園として整備され、空堀、土塁などを見ることができます。ただ夏ということもありますが、草が刈られていないので空堀等が見にくくなっています。今川義元が桶狭間の戦いの前夜に宿泊した城として有名ですが、当時の規模はどのくらいであったのか気になります。

+ 続きを読む

城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 藤原義行
築城年 応永年間(1394~1428)
主な城主 藤原氏、近藤氏、梁田氏、織田氏、川口氏
廃城年 慶長5年(1600)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 県史跡(沓掛城址)
再建造物 石碑、説明板
住所 愛知県豊明市沓掛町東本郷
問い合わせ先 豊明市生涯学習課
問い合わせ先電話番号 0562-92-8317