日本100名城

あかしじょう

明石城

兵庫県明石市

別名 : 喜春城

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明石城
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平馬

明石城 (2020/02/06 訪問)

重要文化財である坤櫓と巽櫓が駅のホームからよく見えます。それだけ駅から近いのでまず迷うことはないでしょう!天守台、石垣とよく残っていると思います。坤櫓と巽櫓の中は公開日が決まっていて通常は入れません。

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イオ

明石城下探訪 (2019/10/13 訪問)

(続き)
もちろん明石城の見どころは本丸周辺だけでなく、東ノ丸の東側と北側には虎口の石垣が遺り、東ノ丸北東部には薬研堀、東部には箱堀(藪でよく見えませんが)が、本丸と二ノ丸の北側には搦め手の守りとされた桜堀があり、桜堀の北側の木立の中には門跡の石垣が見られます。桜堀の北西部にある広大な剛ノ池は北の守りの要で、本丸西側の稲荷曲輪には櫓台が遺り、石垣が周囲を取り巻いています。

城下町にも見どころは多く、東ノ丸から東に徒歩約5分の明石神社には、明石城の太鼓門に置かれていた明石城太鼓が展示され、そこから東に徒歩約2分の本松寺には、明石藩主・小笠原忠政の客分だった宮本武蔵の作庭と伝わる庭園があり(ジャイアント馬場のお墓もあるようです)、さらに東に徒歩約3分の月照寺には、明石城の切手門(元々は伏見城の薬医門)が山門として移築されています。
また、城下町南部の明石港には、明暦3年(1657年)に造られた旧波門崎燈籠堂(明石城公園正面入口から南に徒歩約15分)があり、昭和38年まで300年以上にわたって明石海峡を行く船を導き続けました。

明石港に向かう前に、魚の棚商店街で遅い昼食を。明石焼(玉子焼)かタイかタコか海鮮か迷いましたが、これまでちゃんとした店で食べたことがなかった明石焼を、ということで「たこ磯」に向かうも、午後2時過ぎでもまだ通りまで行列が…。あきらめて南に歩きかけたところで、たこ磯の別館を発見。こちらは知られてないのか行列もなく、すぐに席に着くことができました。注文は、玉子焼(タコとアナゴのハーフ)とたこ飯のセットを。ふわふわで口の中でほどける玉子焼と上品な出汁、タコとアナゴの風味の違いも楽しく、さらにたこ飯でお腹も満たされて、大満足の昼食でした。
 

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イオ

坤櫓・巽櫓特別公開 (2019/10/13 訪問)

大坂の陣の後、西国大名に対する備えとして、また西国街道と明石海峡に睨みをきかせるため、小笠原忠政が徳川秀忠の命により築いた城で、天守こそ建てられなかったものの、高石垣の本丸の四隅に三重櫓を備えた豪壮な造りでした。明治の廃城令以降、ほとんどの建物は解体されましたが、元藩士たちの働きにより巽櫓・坤櫓は遺され、阪神淡路大震災で大きな被害を受けながらも曳家工法により修復されて、美しい姿を今に伝えています。

さて、今年は明石城築城400周年ということで、様々な記念イベントが催されていますが、この日は巽・坤両櫓の同時公開日(シロマサさんと同じ日ですね)で、さらに先着40人(各20人を2回)限定で坤櫓の2・3階にも上ることができるとのことで、始発に乗って出掛ける……つもりが前夜に飲み過ぎて寝坊。二日酔い状態で電車に揺られて、明石駅に着いたのは整理券配布の15分前。もうダメかも、と思いつつも小走りで本丸への坂を駆け上がって行くと、整理券配布の行列はできていたものの何とか間に合いました。
そうして入場した坤櫓2・3階の特別公開では、天守台を見下ろすなど通常では見られない景色を堪能し、ガイドさんの解説により普通に見学しただけでは気付かないことについても知識を得ることができました。

坤櫓見学の後は、巽櫓はじめ本丸周辺の散策を。これまで明石城はJR明石駅のホームから遠目にしか見たことがなく、綺麗だけと小ぶりな城というイメージでしたが、三ノ丸や帯郭から見上げる延々と連なる高石垣といい、その上に聳える二基の巨大な三重櫓といい、ただただ圧倒されるばかりでした。どこが小ぶりな城だよ…。

その他、解体された乾櫓跡には櫓台の石垣が見られますし、艮櫓跡には発掘調査で発見された礎石が再現されており、艮櫓台の石垣には鬼門除けが施されているなど、本丸周辺だけでもお腹いっぱいになってしまいそうな明石城でした。建物が現存するお城をめぐるのは5月末の彦根城以来ですが、やっぱり文句なしに楽しいなー、と改めて。二日酔いも高石垣と三重櫓を見た途端に忘れてしまうほどに。
(続きます)
 

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シロマサ

本丸の4基の3重櫓 (2019/10/13 訪問)

今年2回目の明石城訪城です。今日は左右両櫓が内部公開されている。
昨日も両櫓が公開日だったが、台風19号の為に公開が中止になりました。
本日は巽櫓の内部公開を見るべくなんとしても来たかった。

明石城本丸には4方4隅に3重櫓がありましたが、現在南面の2櫓が現在している。
残りの2つの櫓は現在どうなっているのか?確認して見たかった。
まず、北東の位置の艮櫓は、立て看板があり、櫓の大きさは最も大きいかったと、
ボランティアの方に聞きました。
そして、艮櫓の石垣は鬼門を受ける為に扇の形になっている事を確認しました。
北西の乾櫓は立て看板は確認できなかったが、位置は確認出来ました。
大きさは最も小ぶりようです。4隅の櫓が建ち並ぶ姿を想像してみます。

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概要

大坂夏の陣で豊臣氏が滅んだ後、一国一城令が下されてから4年後に完成。西国大名を牽制するため徳川秀忠が小笠原忠真に命じて築かせた城は、明石海峡を望む丘陵地に建つ連郭式。本丸・二の丸・三の丸の石垣・堀の工事は幕府直営で行った。豪壮な天守台の上に天守は建てられず、城内最大の坤櫓が代用されたという。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 元和5年(1619)
築城者 小笠原忠真
主要城主 小笠原氏、松平(戸田)氏、大久保氏、松平(藤井)氏、本多氏、松平(越前)氏
文化財史跡区分 国指定史跡、重要文化財3件
近年の主な復元・整備 阪神・淡路大震災災害復旧(平成7~8年に石垣復旧、平成9~11年に巽櫓・坤櫓復旧)、平成9~11年に土塀を復元、平成22年土塀修復
天守の現況・形態 天守台のみ残る
主な関連施設 明石市立文化博物館
主な遺構 巽櫓、坤櫓、本丸、東の丸、天守台、石垣、土塁
住所 兵庫県明石市明石公園1-27
問い合わせ先 明石市教育委員会事務局地域連携課
問い合わせ先電話番号 078-918-5057