やぎゅうじんや

柳生陣屋

奈良県奈良市

別名 : (柳生城(今川を隔てた対岸))
旧国名 : 大和

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柳生城 (2023/12/28 訪問)

 柳生陣屋のある場所から打滝川挟んで芳徳寺があり、その付近が城址です。柳生家厳により築かれたと推定されています。芳徳寺の前には「石舟斎塁城址」と刻まれた石碑が立っていました。芳徳寺南西部の山の中へ向かう道を適当に進むと遺構が確認できます。見ごたえのある堀切が北東部等に残っていますが、未整備で近づくのに難渋しました。主郭も藪化傾向にありました。

 陣屋建築以前の柳生氏の居城ということで、ぴーかるさんと同様にここで投稿させていただきました。

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柳生宗矩 (2023/12/28 訪問)

 柳生宗矩により築かれた陣屋です。公園として整備されています。

 近鉄奈良駅よりバスにより柳生バス停下車。バス停より徒歩10分くらいで行くことができます。

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ぴーかる

柳生陣屋<柳生城跡編> (2021/10/23 訪問)

【柳生城】
<駐車場他>芳徳寺に無料駐車場あり。芳徳寺拝観は有料なので、芳徳寺を拝観する方は市立駐車場に駐車せず、ここに駐車すると良い。
<交通手段>車

<見所>堀切
<感想>柳生城の築城年は不明です。城びと情報にも城山として載っているのでここで投稿致します。城跡の一部に柳生氏菩提寺の芳徳寺が建立されています。私は芳徳寺には拝観しませんでした。山頂の主郭部分は芳徳寺の南東側にあり、主郭への道案内板がなかったので私は主郭の南側、剣道場の向かい側の写真の位置からアタックしました。後で調べて芳徳寺の正面辺りか?、主郭北側のルートもあるようです。私の行った南側からのルートはまず大堀切が1条あり、主郭下段に現在は貯水地となっている副郭のような曲輪、主郭西下段に腰曲輪、主郭虎口には石列が確認できました。主郭内は添付写真のように身長以上ある雑草に覆われて侵入不可能となっていました。北側からのルートに堀切・土橋等の遺構が多数あるようで攻城不十分な結果となっていまいましたので満足度は未記入と致します。
 柳生城でこの日の旅は終了しました。柳生の里は摩崖仏や他にも見れていない名所がまだまだあったので、もっとゆっくり時間を取るべきでした。

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ぴーかる

柳生陣屋<柳生陣屋跡編> (2021/10/23 訪問)

【柳生陣屋】
<駐車場他>市立観光駐車場600円
<交通手段>車

<見所>居館跡
<感想>柳生陣屋は柳生宗矩が1636年将軍家剣術指南役として12500石で大名として取り立てられた後1642年に陣屋として築城されました。現地説明版によるとその後増築整備されたが、1747年火災により全焼して仮建築のまま明治の廃藩により姿を消したとあります。
 陣屋跡は街道に沿うように南北に長く、建物跡・井戸・庭園跡のようなものが残されています。西側法面石垣の巨石に摩崖仏が彫られてあります。
 ここの後柳生の里は城びと未登録の家老屋敷、柳生古城、柳生城(ここは城びと城郭情報で一緒になっていたので柳生陣屋で)と巡りまして投稿しますのでご覧下さい。

<満足度>◆◆◇

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城郭情報

分類・構造 山城[柳生城]、陣屋[柳生陣屋]
築城主 柳生氏[柳生城]、柳生宗矩[柳生陣屋]
築城年 不明[柳生城]、寛永19年(1642)[柳生陣屋]
主な城主 柳生氏
遺構 曲輪、土塁、堀切[柳生城]、石垣、曲輪[柳生陣屋]
指定文化財 旧柳生藩家老屋敷(県指定文化財)
再建造物 石碑、説明板
住所 奈良県奈良市柳生町(柳生陣屋跡史跡公園)
問い合わせ先 奈良市教育総務部文化財課
問い合わせ先電話番号 0742-34-5369