日本100名城 現存12天守

ひろさきじょう

弘前城

青森県弘前市

別名 : 鷹岡城、高岡城
旧国名 : 陸奥

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弘前城
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HARU

桜の弘前城 (2012/05/04 訪問)

桜の咲く時期に合わせて、弘前城を訪れました。この年は開花が急に進み、見頃を少し過ぎてしまいました。

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2022/06/25 訪問)

※九戸城、根城、浪岡城と共に登城。前日盛岡駅近くに宿泊
7:59盛岡(新幹線)、8:23,8:30二戸(路線バス)、8:33呑香稲荷神社バス停
 (徒歩7分)九戸城ガイドハウス(続百名城スタンプ 9:00-15:00、休館12月-4月上旬)+九戸城散策
9:25呑香稲荷(路線バス)、9:32,10:13二戸(新幹線)、10:24八戸、10:50八戸駅前(路線バス)、11:00根城バス停
 (徒歩2分)八戸市博物館(百名城スタンプ 9:00-16:30月休、祝翌日休)+根城散策
11:44根城(路線バス)、11:57,12:02八戸駅(新幹線)、12:29,12:48新青森、13:03浪岡
 (駅ビル)あぴねすinfomation 百名城スタンプ+レンタサイクル ※浪岡城跡案内所まで2.9km
14:29浪岡(JR)、14:43弘前
 (10分毎発車、土手町循環バス15分)市役所前下車
 (徒歩4分)追手門→天守閣 弘前城(百名城スタンプ 11月24日~3月31日休館)
 (10分毎循環バス)文化センター前、弘前駅
17:41弘前(JR)、18:22青森

※JR東日本フリーパス利用

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くうくう

三重天守と3基の三重櫓と5棟の櫓門が現存

桜で有名な弘前公園ではあるが、弘前藩津軽氏4万7千石の居城で多くの建造物が残る梯郭式平山城である。現在、石垣の修理で天守は曳屋を行い仮天守台に移動中。これはこれで珍しい光景になっている。また外郭南西には出城の役割を担う、津軽家霊屋のある長勝寺を中心とした長勝寺構があり、堀、土塁、枡形などが残る。

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ペドロ

津軽為信、信牧が築城した北の守りの要の弘前城、石垣修復のお手伝い (2023/08/05 訪問)

 日本各地のお城の規模は、その大名の石高等によって違うと思いますし、また、築城時期によっては徳川幕府への配慮から規模を抑えた等あったと思います。弘前城は築城時、津軽氏の石高4万7千石を考慮すると広大で堅固なお城の一つと思います。
北方への守りの役割があったのでしょう。
 現在、石垣の修復作業中ですが、弘前市へのふる里納税がきっかけで修復現場への招待を受け、工事現場に行って説明を受けました。また、石垣の隙間に小石を入れて来ました。我が身は滅びても、石垣に入れた小石は数世紀残ることを想うと嬉しい気分になり、思わず微笑んでしまいました。我ながらお城病に感染してると自覚しました。

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概要

津軽地方を平定した津軽為信の子・信枚が、本丸を囲むように曲輪を配した輪郭式として築城。本丸だけが石垣造で、曲輪は土塁によって造られた。築城時は五重の天守だったが落雷で焼失し、江戸後期に改築された三重三階の辰巳櫓が天守の代用となり現存している。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 慶長16年(1611)
築城者 津軽為信、津軽信枚
主要城主 津軽氏
文化財史跡区分 国史跡(津軽氏城跡)、国重要文化財(天守・辰巳櫓・丑寅櫓・未申櫓・三の丸追手門・三の丸東門・二の丸南門・二の丸東門・北の郭亀甲門)
近年の主な復元・整備 津軽寧親
天守の現況・形態 型式不明[5重6階?/1610年築/焼失(落雷)]、独立式層塔型[3重3階/1810年再/現存]
主な関連施設 二の丸東門与力番所、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)、天守、櫓、門
住所 青森県弘前市大字下白銀町1-1
問い合わせ先 弘前市みどりの協会
問い合わせ先電話番号 0172-33-8733