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赤い城

東本願寺名古屋別院周辺が跡地 (2019/08/25 訪問)

地下鉄別院前から徒歩で5分。
東本願寺名古屋別院辺りが跡地で境内に石碑が建っています。
遺構はなさそう。
織田信秀が那古野城を信長に譲って移った城です。
別院はかなり立派なお寺で、この日は盆踊りの準備がされていました。

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トーダイ

館跡の 文化が大切にされています (2019/09/03 訪問)

樋爪館は、平泉初代藤原清衡の四男清綱が派遣され、その子、太郎俊衡、五郎季衡らが
居を構えて周辺を支配されたとされる。樋爪館は赤石小学校の南にある薬師神社一帯に
築かれていたという。(案内板より)

赤石小学校の北東隅<39.535797,141.164364>に案内板を確認後、館跡の薬師神社と
五郎沼の周辺を散策するが、アチコチに案内板があり、古代ハスを保存したり、館跡の
文化が大切にされています。

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街道おじさん

丸岡城登城 (2019/08/25 訪問)

福井県の小さな町の小さなお城であるが、現存12天守で最古(異説もあり)とも
言われている。『丸岡城を国宝に!』との幟もあり、地元の人から愛されている
城のようである。
天守はさすがに味わい深く、良い城であるとつくづく思う。

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街道おじさん

一乗谷城登城 (2019/08/25 訪問)

福井駅からの特急バスの中で、一乗谷を日本のポンペイに例えていたビデオを見た。
栄華を誇っていた朝倉氏が信長軍にあっさりと滅ぼされたのは、その地で平穏に
暮らしていた人々にとっては災難とも言える。
そうした気持ちでここを見ると一種の悲哀を感じる。

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橋吉

中学校の東 (2019/08/02 訪問)

唐沢山城からバイクで移動すること約2時間、嵐山町役場にやってきました。
こちらの1階ホールで、続日本100名城を押し、パンフレットを入手しました。

杉山城跡は、玉ノ岡中学校の東にあります。
中学校の裏門(北側)近くに見学者用駐車場が用意されています。
ここから中学校脇を通って城跡に向かいます。
体育館の右側を抜けてしばらくすると
出郭にたどり着きます。

約40分の散策時間でした。

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橋吉

石田堤史跡公園まで足の伸ばしてみたらいかがですか (2019/08/03 訪問)

東松山のビジネスホテルを遅めに出発し、石田堤史跡公園に向かいました。

秀吉に忍城攻めを命ぜられた石田三成は、水攻めのために忍城の周囲を総延長28 kmの堤を造りました。
この一部が現在も残されています。
急ごしらえで作ったものではありますが、かなり立派な堤防です。

次いで、行田市郷土博物館へ移動しました。
続日本100名城スタンプは、入り口右側で押すことができます。
また、御三階櫓に入ることができます。

見学時間は、石田堤、郷土博物館含めて約1時間でした。

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橋吉

小江戸巡回 (2011/08/13 訪問)

せっかくですから、小江戸とよばれる川越の町を一周してきました。喜多院・仙波東照宮・中院・菓子屋横丁・一番街・時の鐘等と見学。全部徒歩でも回れますが、小江戸巡回バスがお勧め、1日300円で何度でも乗れますので、疲れたらこれを利用しました。

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橋吉

河岸段の城 (2012/09/22 訪問)

鉢形城歴史館に広い駐車場があります。まず、歴史館に行くことをお勧めします。予備知識だけでなくフィールドマップも手に入れましょう。この城は広大で、一見平坦なので全体像をつかみにくいです。しかし、河岸段丘を利用しているため、高低差があり全体を見るのに時間がかかります。

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橋吉

(2012/09/22 訪問)

まず、ガイダンスセンターへ寄られることをお勧めします。予習もできますし、現地の地図も手に入ります。城下の駐車場は広く、道路はカーブ・勾配ともに急ですが、けっこう道幅があるので初心者でなければ大丈夫です。
ひととり見学するのに1時間かかりました。

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橋吉

箕輪城 (2011/09/23 訪問)

山城で遺構がわかりにくく、日本100名城の中では上級向きかな。

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カズサン

勝頼が来ていたら?Ⅱ 初探訪潜龍院(勝頼御殿) (2017/10/28 訪問)

 一昨年10月28日岩櫃城を降りて岩櫃城フォーラム開始前に潜龍院跡、真田昌幸が武田勝頼を迎えるために作った御殿でしたが来る事なく天目山で自刃しました、来てたらどうなってたろうと思ったりします。
 古谷集会場駐車場有り車を停めて案内看板を見ながら10~15分、石垣の屋敷台が残ってます、丁度草刈りを地主の方がトラクタで刈ってました見やすく保全されてます、ありがとうございます。

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カズサン

勝頼が来ていたら? 初登城岩櫃城 (2017/10/28 訪問)

 一昨年の10月28日午後からある岩櫃城フォーラム参加したくて途中に上野中山城初登城を終えて岩櫃城へ、事前に以前からの登城道が崩壊して通行止め情報が有り吾妻町教育委員会に連絡して迂回路図を送って戴き岩櫃城看板設置してある大駐車場へ無事到着、要所要所に案内看板が設置されてました。
 駐車場から2,3分の平沢登山口観光案内所から登城開始、中城、中城横の長い竪堀の様な登坂道を進み、二の丸下坂道を二の丸本丸の堀へ本丸側傾斜登城路を本丸へ眺望は良いのでしょうが当日霧曇り状態。

 下城して町場の食事処で蕎麦定食を頂き会場の吾妻町コンベンションホール、NHK真田丸で時代考証された平山優氏の講演「真田信之時代の岩櫃城」を聞きたくて浜松から車で飛んで来ました。

 武田勝頼が岩櫃城で籠城戦をしていたら後数ヶ月で時代が変わって居たかも?岩櫃山の下に勝頼を迎える屋敷を作って居たのですから現在潜龍院跡して残ってます真田昌幸の計画も潰えましたが空想と夢とが交錯します。

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朝田 辰兵衛

今後の発掘調査では,歴史的価値が急上昇⤴⤴⤴ (2019/08/31 訪問)

伊達氏の本拠説,上杉景勝の改修工事説などの議論がある模様です。舘山東館エリアで,井戸や短刀・陶磁片が出土したという,手書きの立看板が印象的でした。
標高:310m,比高:60m。Ⅲ曲輪(西曲輪)まで,整備や発掘調査は行き届いていないように感じました。それだけ可能性を秘めているとも言えると思います。

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カズサン

北条氏境目の城 (2017/10/28 訪問)

 一昨年の10月28日群馬県東吾妻町で岩櫃城フォーラムが有り前日浜松を夜出発しSA車中泊して岩櫃城に向かう途中に上野中山城が目につき登城を計画、城放浪記さんの案内に有る国道145号線の広い路側帯駐車場をナビに登録し無事到着、案内板がそこに有り安心停めたところから城跡が分かる。
 北条氏と真田氏の攻防戦による北条氏境目の城として築城される、南に延びる舌状台地に本丸、本丸を北、西、南に二の丸が囲む更に大きく三の丸が囲む、南に大きく捨曲輪各曲輪を大堀が防ぐ東西は崖が切岸の役目をしている、東から切岸を斜めの登城路で本丸に入る。
 登城後岩櫃城へ向かう。

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イシテル

松平城は秋冬に行きましょう。 (2019/08/31 訪問)

雨天の予報が曇りに変わり、諦めていた8月最終日の城廻。一度行こうと思っていた豊田市の奥、松平郷へ。
名鉄豊田市駅からバスに乗り、出発は5人いた乗客もいつの間にか一人だけ。
松平郷でバスを降り、まずは松平城址へ行きました。
立派なへ石碑があり、そこが登城口。
すぐに主郭と曲輪3,4と主郭への分岐があり、まずは曲輪3,4と思いそちらへ進んだのが間違い。
途中、目に見えない蜘蛛の巣が張り巡り、足元も草ぼうぼう。
蜘蛛の巣が絡んだ腕は異常にかゆく、あちこちからやぶ蚊の襲撃も受け、夏場に来るんじゃ無かったと思いながら進むと、あばら屋と曲輪4があり、曲輪4の奥に櫓台。そこから曲輪3、曲輪2を経て主郭へ上がり、登城完了。
特殊な遺構も無いが、ここが松平、徳川へ続く原点だと思うとそれれなりに達成感が湧きました。
また、竪堀と思われるところもあるが、草木に覆われ、なんとも判りません。
山裾を回って見ようと試みましたが、柵があって断念。
その後、東照宮と高月寺をお参りしました。
出来たら大給城とも考えていましたが、あのやぶ蚊の攻撃と雨がパラついてきたことで、気持ちが下がり断念。
今度、機会があれば、大給城と松平山城を夏場を避けて見てみたい。

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トーダイ

公園化された北館跡には行けますが (2019/09/02 訪問)

築城年代は不明、建長年間(1249~56)頃に一戸摂津守義実によっで築かれたと云われる。

城跡は北館、八幡館、神明館、常念館などの曲輪で構成されていますが、一戸城址駐車場
(20台)<40.218576,141.305041>を利用すると、公園化された北館跡に行けますが、
夏草で遺構は分かりません。八幡館、神明館、常念館は畑地で入れません。

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トーダイ

国道4号線で分断されてます (2019/09/02 訪問)

築城年代は定かではない。館主は目時筑前で三百石を領し、三戸城内に屋敷を構えていた。

目時館跡は国道4号線で分断されており、城郭放浪記に南側の工場入口<40.349060,
141.270558>に案内板あり。しかし撤去されたか、確認できない。

北側に空堀跡が確認できるが、夏草深く、グーグル地図(写真)ほど明確ではないです。

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カズサン

阿波城廻りⅣ 阿波の守護所、三好の城館 (2017/09/26 訪問)

 一昨年9月下旬徳島県阿南市牛岐城を終えて阿波公方の平島館、山頂本丸石垣の一宮城、模擬天守閣の在る川島城、吉野川を渡って秋月城を廻って国指定史跡「勝瑞城館跡」へ発掘調査を継続してる勝瑞館へ空きスペースの駐車場へ停め発掘現場事務所に寄り資料を頂きました、館跡を廻り県道14号線を越えて勝瑞城を探訪、四方ぐるりと水堀に囲まれ本丸は見性寺に成ってる、勝瑞城北側に駐車場とトイレ公園に成ってる。
 勝瑞館と勝瑞城合わせて国指定史跡勝瑞城館跡と登録されています。

 勝瑞城館を終えて高速を飛ばして東讃岐の引田城、鳴門市の撫養城探訪後淡路島経由明石大橋、山陽道、新名神、東名阪、湾岸、新東名を経て浜松へ夜中到着です。

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トーダイ

ピンポイント地点を撮りましたが ..... (2019/09/02 訪問)

築城年代は定かではない。城主は櫛引氏で、南部光行の四男宗朝の子孫を称している。

県道134号線<40.478523,141.434027>からピンポイント地点を撮るが、夏草深く
地形は良く分からず、道標・案内板・城址標柱などありません。

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トーダイ

空堀跡が確認できます (2019/09/02 訪問)

築城時期等詳細は不明、館主は根城南部氏の家臣水越弥三郎、是川宇右衛門と伝えられる。

ようやく庚申石<40.471348,141.496789>付近に路駐、西に進むと道路の左側に空堀跡が
長さ約100mほど確認できます。西端は高低差5m以上あります。一方、庚申石からへ
南へ進むと、郭跡(畑地)が見えますが、個人の所有地ですから注意が必要です。

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