続日本100名城

つるがおかじょう

鶴ヶ岡城

山形県鶴岡市

別名 : 鶴ケ岡城、鶴岡城、大宝寺城、大梵寺城
旧国名 : 出羽

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鶴ヶ岡城
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7月は山形県の名城を巡りました (2026/07/18 訪問)

毎月、一つの都道府県の名城を巡る旅も、今回で5回目で、すっかり私のライフワークとして恒例となりました。
今回は東北5県目になる山形県の名城3つを巡ってきました。
土日を使っての一泊旅行に加え30℃を超える蒸し暑さで、かなりハードな道中でした~
新幹線を仙台で降りレンタカーで2時間超1つめの名城「鶴ケ岡城」を訪れました。
酒井家の城で見事な堀と石垣が城跡の雰囲気を漂わせますが、城内に入ると入口に大寶館、本丸中心に「庄内神社」があるので、城と言うより公園と言った感じでした。

今回も貼った写真に沿って簡単な説明をしていきたいと思います。
「続きを読む」と「すべての写真を見る」の両方を開いてもらえば、写真を見ながら説明を読めるので便利です。

① 最初は毎回恒例の御城印。中央の大きな朱色の紋は庄内藩主・酒井家の家紋をあしらったデザインで左下の朱印は鶴ヶ岡城本丸跡に鎮座する荘内神社の印。
② 鶴岡公園を代表する風景と言えば「大寶館」。白い下見板張りの外壁と赤い八角の屋根が特徴の洋風建築。堀と石垣と石橋が一緒に入るアングルを見つけました。
③ 堀に掛かる石橋の上から金峯山を望む景色。左右に土塁状の高まりが続いていて、ここが城の外周部だったことが解かります。堀の雄大さと水面に写り込んだ木々が気に入っています。
④ 鶴ヶ岡城本丸跡に建つ「荘内神社」の表参道と大鳥居。奥に見えている社殿が荘内神社、手前の大きな鳥居と真っすぐ伸びる参道が本丸中心部へと続いている感じがいいですね。下は御朱印で左から通常版・七夕版・月替わり版となります。
⑤ 荘内神社の境内。上が石鳥居と「庄内神社」と刻まれた社号標、下は本殿真正面からのカットで七夕飾りがカラフルで夏らしい雰囲気で風流です。
⑥ 鶴岡公園の顔とも言える「大寶館」を正面から捉えました。大正時代に建てられた洋風建築でお堀に突き出したような位置にあります。アングル的には2枚目の方が好きですが建築としても素晴らしいので載せました。
⑦ 大寶館は堀の内側ですが、この「致道館」は堀の外側に建っています。どちらも白い木造の洋風建築で中央に小塔を備えた外観が特徴的ですね。庄内藩酒井家が開いた藩校で藩士の指定などを教育した学問所です。
⑧ 致道館見学の帰りに歩いていたらこの美しい風景に出会いました。外堀越しに撮った写真ですが石垣と水面のラインが美しく曇り空でしたが水面に木々の緑が映り込んでいて やわらかい雰囲気に写っています。
⑨ 鶴ヶ岡城は大部分が土造りですが要所には石垣が組まれています。角の部分が綺麗に折れていて算木積みの処理が見えます。石垣の上に古い松が並んでいるのも城郭らしさ感じられてgood!(公園の中心が神社なので)
⑩ 堀端に整備された菖蒲や水辺植物のエリア。手前から奥へと続く木道が自然に視線を奥に誘導してくれています。水面や草の色がしっとり落ち着いて写るので意外と絵になりますね。

この鶴ケ岡城訪城にはアホな後日談がありまして。。。(~_~;)
仙台からレンタカーで2時間以上掛けて鶴ヶ岡城に。
見学後、御城印は社務所で購入なのですが荘内神社の素敵な御朱印が色々種類あってどれにするか悩みに悩み選んだ3種類の御朱印(写真4枚目の下)を入手してすっかり満足して1時間半以上かけて山形市内のホテルに夕方着きました(合わせて4時間)。昼夕食兼用で大好物のそばを食べることにしました。
そばに関しては大食漢の私ですが、美味しい山形の板そばをたらふく食べて さすがに苦しくなりホテルの部屋のベッドに倒れ込みました。
2時間ほど寝て8時過ぎに起きて翌日訪れる2つの城のマップや見所、撮影ポイントなどをチェックして準備万端!
寝る前に最後、持参した百名城の本間 淳一の説明を読んでいる途中「ハッ!?」そして確かめて「ガビィィーン!!」なんと鶴ケ岡城のスタンプを押して来なかったことに気付き、もう頭がホワイトアウト状態。
また、いつか来た時でもと考えましたが、今回の3城で100名城、続100名城はコンプリートなので、もう山形に城巡りで来ることはないんです。
完璧主義の私は意地でももう一度片道1時間半の鶴ケ岡城に行きスタンプだけ押して山形城へ(運転だけで3時間)
山形城では予定していた散策ルートを諦めて要所だけを巡り半分ほどの時間で次の米沢城へ(所要時間1時間) 
ここ同様に時間的に予定していたルートを端折って予定時間の半分でポイントだけを回りました(≧▽≦)
レンタカーや新幹線の時間もあるので泣く泣く米沢城を車で後に仙台に向かいました(1時間以上、、、泣)
3城に共通する点は、どれも見事な堀を構えていて、期待以上の旅を満喫できました。(アホな私の素ボケでちょっと残念だったけど)

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トベシュン

宮城・山形・福島の続100名城5城と宮城の100名城2城巡り (2026/06/19 訪問)

宮城・山形・福島の続100名城5城と宮城の100名城2城巡り 山形「鶴ヶ岡城跡」「米沢城跡」、福島「向羽黒山城跡」「三春城跡」、宮城「白石城址」「多賀城」「仙台城」、おまけ「鶴ヶ城址(会津若松城址)」を巡ってきました。

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桜の名所 鶴ヶ岡城 本丸・荘内神社編 (2026/04/08 訪問)

 二の丸を一周して本丸跡へ移動。
本丸は荘内神社の境内となっていますが、城の遺構もかなり残されています。

① 中門跡
 本丸南側の虎口で、かつては桝形となっていました。現在は、大正に建てられた大寶館という洋館が建っています。大寶館の東側に遺構があり、犬走り沿いの道を進んで行くと、鉢巻石垣の遺構が残っています。中門の正面からだと大寶館の陰になっているので、気づきにくいですが、ここはぜひ見学してほしいです!!
 そして中門跡の西側には、本丸御殿玄関跡の標柱が設置されています。

② 渡櫓(金蔵)跡 鶴岡護国神社
 本丸南西側にあった櫓台で、土塁、そして当時のものかは不明ですが、石垣が確認できます。現在は鶴岡護国神社が櫓台に鎮座しています。二の丸側から見ると、水堀と櫓台、そして拝殿が櫓のように見えて、良いですね!!

③ 荘内神社 本丸跡
 本丸の中心部に鎮座している神社。酒井忠次、家次、忠勝(庄内藩初代藩主)、忠徳(九代藩主)を祀っています。参拝後、拝殿北側の社務所で続日本100名城のスタンプを押印しました。押印は9時頃~17時まで可能です。

④ 大手門跡・馬出の石垣
 荘内神社の参道を東に進むと大手門跡に至ります。大手門脇に城址碑と縄張図が設置されています。
 そして令和4年(2022)の道路整備工事の際に発見された大手門前の馬出の石垣が城址碑の北側に展示されています。鶴岡市内の金峯山から採られた花崗岩が使われているようです。矢穴の跡や裏込石なども見やすく展示されていて、嬉しい限りです。
 皆さんの投稿で石垣そばに馬出跡の説明板がある写真を拝見していたのですが、現地に行ってみたら、説明板は無く、石垣の展示のみになっていました。大雪とかの影響なのかな?
詳しい事情はよく分からないですが、ここの説明板は復活してほしいなと個人的には思います。

⑤ 本丸御角櫓台 
 本丸の北西側にあった二重櫓で天守の代わりを担っていたようです。当時は無かった土橋が水堀にかけられるなど、周辺は少し改変されているようですが、櫓台の遺構が明瞭に残っていました。当時の石垣の一部と思われる石も置かれています。

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桜の名所 鶴ヶ岡城 二の丸・三の丸編 (2026/04/08 訪問)

 JR羽越本線 鶴岡駅から徒歩25分。城輪柵を見学後、酒田から列車で向かいました。酒田から鶴岡までは普通列車で30分ほどです。
 鶴ヶ岡城は、古くは大宝寺城と呼ばれ、武藤氏によって築かれた城です。大宝寺氏、上杉氏、最上氏の支配を経て、江戸時代は、庄内藩 酒井氏の居城となりました。庄内藩は戊辰戦争で新政府軍を圧倒したことから、幕末最強の藩としても知られています。
 本丸、二の丸は荘内神社、鶴岡公園として整備されています。また桜の名所としても知られています。今回は、桜の名所の真髄を身をもって堪能することになりました。

①三の丸木戸跡
 駅から内川沿いに進んで行くと、三の丸の木戸があった荒町口、五日町口、三日町口、十日町口の標柱が川沿いの道に建っていました。三の丸には、11箇所の木戸があったとされていて、内川沿い以外の三の丸の木戸跡にも同じように標柱が設置されているようです。いよいよ城内という雰囲気がして、わくわくしてきます。

②致道館(藩校)
 十日町口木戸跡そばの鶴園橋から県道47号線を西に行くと、致道館という庄内藩の藩校がありました。庄内藩九代藩主 酒井忠徳が創設した藩校で、東北では唯一現存する藩校建築物だそうです。ただ訪問日は、休館日・・・ 
 塀を介してですが、満開の桜が出迎えてくれたので、結果オーライとします(泣)

③二の丸角櫓 櫓台
 致道館の道路を挟んだ西側にあります。二の丸の南東端だった場所で、二重の角櫓があったようです。現在は土塁と櫓台の石垣が復元されています。櫓台の周囲には桜が植えられていて、満開に咲き誇っていました。

④百間堀跡
 二の丸の南側には、百間堀という広大な水堀がありました。現在は、ほとんどが埋められていますが、二の丸南西側にある鶴岡タウンキャンパスの南側には、新百間堀として再現されています。こちらでも堀端に桜が植えられています。

⑤二の丸西堀・致道博物館
 二の丸の西側は水堀と土塁が残っていて、堀端は桜並木となっています。満開ということもあり、絶景でした!!
 県道47号線の付近の堀端には、かつては二の丸西門があり、三日月堀も設けられていたようです。二の丸西門跡から堀を渡ると、洋風の建築物が集まる致道博物館があります。もとは庄内藩主の隠居屋敷だった場所です。庄内藩主御隠殿に加え、敷地内に洋式建築の旧西田川郡役所庁舎や旧鶴岡警察署庁舎などの文化財が移築されています。道路沿いにある赤門は、庄内藩の江戸中屋敷の屋敷門を移築したもののようです。

⑥七つ蔵跡(曲輪)
 二の丸北側の県立致道館中学校・高校(旧鶴岡南高校)のそばの歩道沿いに説明板が設置されています。七つ蔵とは、二の丸北側にあった曲輪の名称です。曲輪内には文字通り、中川蔵・山中蔵・京田蔵・御扶持方蔵(二棟)・嶋蔵・櫛蔵の七棟の蔵があり、土塁と堀が巡っていたようです。蔵には、庄内藩の扶持米を保管していたようです。

⑦二の丸北堀 御城稲荷神社
 二の丸西側同様、北側でも水堀と土塁が良好な形で残され、桜並木となっています。
 二の丸の北東側の土塁上には、御城稲荷神社があります。六代藩主酒井忠真が、城内鎮守として社殿を建立したようです。藩政時代には、一年に一回は城下の人々も特別に城内に入って参拝することができたようです。社殿は江戸時代のもので、鶴ヶ岡城唯一の現存建築物といえます。私はてっきり藩政時代の城内の建物は残っていないと思っていたので、この情報には驚きました!!

本丸・荘内神社編へつづく

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城郭情報

城地種類 輪郭式平城
築城年代 鎌倉時代前期
築城者 大泉氏(武藤氏)
主要城主 武藤氏、上杉氏、最上氏、酒井氏
文化財史跡区分 国史跡(藩校)、国の名勝(三の丸庭園)
近年の主な復元・整備 直江兼続、最上義光、酒井忠勝
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)、藩校、庭園
住所 山形県鶴岡市馬場町
問い合わせ先 鶴岡市観光連盟
問い合わせ先電話番号 0235-25-2111