続日本100名城

つるがおかじょう

鶴ヶ岡城

山形県鶴岡市

別名 : 鶴ケ岡城、鶴岡城、大宝寺城、大梵寺城
旧国名 : 出羽

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鶴ヶ岡城
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HARU

酒田・鶴岡・山形旅行 (2015/06/28 訪問)

酒田・鶴岡・山形旅行に出かけた時に訪れました。

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2020/10/23 訪問)

※新発田城、村上城とともに登城。
6:08東京、8:13,8:22新潟、8:46新発田 ※レンタサイクル(1.7km)
 新発田城(百名城スタンプ 新発田城表門、17時まで)
10:20新発田(JR)、10:54村上(レンタサイクル2km→雨のため歩25分に変更)
 村上城(続百名城スタンプ 村上城保存育英会:二之町7-3)
13:19村上(特急)、14:20,14:27鶴岡(市内循環バス)、14:34市役所前
 (徒歩3分)鶴ヶ岡城(続百名城スタンプ 庄内神社社務所、9時から)
(徒歩24分)16:30鶴岡エスモール(高速バス)、18:24山形駅前
 山形泊

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しんちゃん

鶴ヶ岡城址公園。周辺には致道博物館や致道館がある。 (2021/05/03 訪問)

鶴ヶ岡城は鶴ヶ岡城址公園として整備されていて往時のように二重の堀切が残っています。本丸中心に荘内神社が鎮座し、南東の中門跡に大宝館が建っています。本丸の周囲を二の丸が囲み南を除く三方に広場が広がっています。二の丸南西部より堀を隔てた先には三日月堀を備えた枡形と三の丸が有りましたが、現在は致道博物館になっており藩主の隠居所であった御隠殿と国の名勝・酒井氏庭園があります。
鶴ヶ岡城の前身は大宝寺城で出羽国大泉荘の地頭・大泉氏によって築かれたそうです。最上氏の時代に東禅寺城が亀ヶ崎城と改名された際に大宝寺城も鶴ヶ岡城と改名されたそうです。最上氏が改易になると酒井氏が入り幕末の戊辰戦争では庄内藩は新政府軍と戦っています。

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くうくう

徳川譜代、北の守りを担った輪郭式平城

古くは鎌倉初期に大宝寺城が築かれ武藤氏が君臨したが、上杉氏最上氏と変遷し、江戸期は酒井氏が約250年に渡りここを拠点として庄内を治めた。徳川四天王筆頭酒井忠次の孫忠勝が松代から移封してきたのは元和8年(1622)、近世城郭へと大改修、完成には3代54年の歳月がかかった。北西隅二重櫓が天守代用としてあがり土塁と水堀の城であった。建造物は維新後破却。今は藩祖忠勝を祀る明治創設の荘内神社が本丸に鎮座する。一帯は鶴岡公園となり、三の丸には致道博物館があり国名勝に指定された酒井氏庭園が整備されている。

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城郭情報

城地種類 輪郭式平城
築城年代 鎌倉時代前期
築城者 大泉氏(武藤氏)
主要城主 武藤氏、上杉氏、最上氏、酒井氏
文化財史跡区分 国史跡(藩校)、国の名勝(三の丸庭園)
近年の主な復元・整備 直江兼続、最上義光、酒井忠勝
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)、藩校、庭園
住所 山形県鶴岡市馬場町
問い合わせ先 鶴岡市観光連盟
問い合わせ先電話番号 0235-25-2111