続日本100名城

つるがおかじょう

鶴ヶ岡城

山形県鶴岡市

別名 : 鶴ケ岡城、鶴岡城、大宝寺城、大梵寺城
旧国名 : 出羽

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鶴ヶ岡城
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桜の名所 鶴ヶ岡城 本丸・荘内神社編 (2026/04/08 訪問)

 二の丸を一周して本丸跡へ移動。
本丸は荘内神社の境内となっていますが、城の遺構もかなり残されています。

① 中門跡
 本丸南側の虎口で、かつては桝形となっていました。現在は、大正に建てられた大寶館という洋館が建っています。大寶館の東側に遺構があり、犬走り沿いの道を進んで行くと、鉢巻石垣の遺構が残っています。中門の正面からだと大寶館の陰になっているので、気づきにくいですが、ここはぜひ見学してほしいです!!
 そして中門跡の西側には、本丸御殿玄関跡の標柱が設置されています。

② 渡櫓(金蔵)跡 鶴岡護国神社
 本丸南西側にあった櫓台で、土塁、そして当時のものかは不明ですが、石垣が確認できます。現在は鶴岡護国神社が櫓台に鎮座しています。二の丸側から見ると、水堀と櫓台、そして拝殿が櫓のように見えて、良いですね!!

③ 荘内神社 本丸跡
 本丸の中心部に鎮座している神社。酒井忠次、家次、忠勝(庄内藩初代藩主)、忠徳(九代藩主)を祀っています。参拝後、拝殿北側の社務所で続日本100名城のスタンプを押印しました。押印は9時頃~17時まで可能です。

④ 大手門跡・馬出の石垣
 荘内神社の参道を東に進むと大手門跡に至ります。大手門脇に城址碑と縄張図が設置されています。
 そして令和4年(2022)の道路整備工事の際に発見された大手門前の馬出の石垣が城址碑の北側に展示されています。鶴岡市内の金峯山から採られた花崗岩が使われているようです。矢穴の跡や裏込石なども見やすく展示されていて、嬉しい限りです。
 皆さんの投稿で石垣そばに馬出跡の説明板がある写真を拝見していたのですが、現地に行ってみたら、説明板は無く、石垣の展示のみになっていました。大雪とかの影響なのかな?
詳しい事情はよく分からないですが、ここの説明板は復活してほしいなと個人的には思います。

⑤ 本丸御角櫓台 
 本丸の北西側にあった二重櫓で天守の代わりを担っていたようです。当時は無かった土橋が水堀にかけられるなど、周辺は少し改変されているようですが、櫓台の遺構が明瞭に残っていました。当時の石垣の一部と思われる石も置かれています。

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桜の名所 鶴ヶ岡城 二の丸・三の丸編 (2026/04/08 訪問)

 JR羽越本線 鶴岡駅から徒歩25分。城輪柵を見学後、酒田から列車で向かいました。酒田から鶴岡までは普通列車で30分ほどです。
 鶴ヶ岡城は、古くは大宝寺城と呼ばれ、武藤氏によって築かれた城です。大宝寺氏、上杉氏、最上氏の支配を経て、江戸時代は、庄内藩 酒井氏の居城となりました。庄内藩は戊辰戦争で新政府軍を圧倒したことから、幕末最強の藩としても知られています。
 本丸、二の丸は荘内神社、鶴岡公園として整備されています。また桜の名所としても知られています。今回は、桜の名所の真髄を身をもって堪能することになりました。

①三の丸木戸跡
 駅から内川沿いに進んで行くと、三の丸の木戸があった荒町口、五日町口、三日町口、十日町口の標柱が川沿いの道に建っていました。三の丸には、11箇所の木戸があったとされていて、内川沿い以外の三の丸の木戸跡にも同じように標柱が設置されているようです。いよいよ城内という雰囲気がして、わくわくしてきます。

②致道館(藩校)
 十日町口木戸跡そばの鶴園橋から県道47号線を西に行くと、致道館という庄内藩の藩校がありました。庄内藩九代藩主 酒井忠徳が創設した藩校で、東北では唯一現存する藩校建築物だそうです。ただ訪問日は、休館日・・・ 
 塀を介してですが、満開の桜が出迎えてくれたので、結果オーライとします(泣)

③二の丸角櫓 櫓台
 致道館の道路を挟んだ西側にあります。二の丸の南東端だった場所で、二重の角櫓があったようです。現在は土塁と櫓台の石垣が復元されています。櫓台の周囲には桜が植えられていて、満開に咲き誇っていました。

④百間堀跡
 二の丸の南側には、百間堀という広大な水堀がありました。現在は、ほとんどが埋められていますが、二の丸南西側にある鶴岡タウンキャンパスの南側には、新百間堀として再現されています。こちらでも堀端に桜が植えられています。

⑤二の丸西堀・致道博物館
 二の丸の西側は水堀と土塁が残っていて、堀端は桜並木となっています。満開ということもあり、絶景でした!!
 県道47号線の付近の堀端には、かつては二の丸西門があり、三日月堀も設けられていたようです。二の丸西門跡から堀を渡ると、洋風の建築物が集まる致道博物館があります。もとは庄内藩主の隠居屋敷だった場所です。庄内藩主御隠殿に加え、敷地内に洋式建築の旧西田川郡役所庁舎や旧鶴岡警察署庁舎などの文化財が移築されています。道路沿いにある赤門は、庄内藩の江戸中屋敷の屋敷門を移築したもののようです。

⑥七つ蔵跡(曲輪)
 二の丸北側の県立致道館中学校・高校(旧鶴岡南高校)のそばの歩道沿いに説明板が設置されています。七つ蔵とは、二の丸北側にあった曲輪の名称です。曲輪内には文字通り、中川蔵・山中蔵・京田蔵・御扶持方蔵(二棟)・嶋蔵・櫛蔵の七棟の蔵があり、土塁と堀が巡っていたようです。蔵には、庄内藩の扶持米を保管していたようです。

⑦二の丸北堀 御城稲荷神社
 二の丸西側同様、北側でも水堀と土塁が良好な形で残され、桜並木となっています。
 二の丸の北東側の土塁上には、御城稲荷神社があります。六代藩主酒井忠真が、城内鎮守として社殿を建立したようです。藩政時代には、一年に一回は城下の人々も特別に城内に入って参拝することができたようです。社殿は江戸時代のもので、鶴ヶ岡城唯一の現存建築物といえます。私はてっきり藩政時代の城内の建物は残っていないと思っていたので、この情報には驚きました!!

本丸・荘内神社編へつづく

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ホリタカ

本丸跡は荘内神社です (2026/05/01 訪問)

本丸には立派な神社が建ってます

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とってぃ

続日本100名城スタンプリベンジ (2025/12/27 訪問)

前回はスタンプを押せなかったので、妻の実家の帰省の道中に。
前回入れなかった致道博物館にも行けました。

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城郭情報

城地種類 輪郭式平城
築城年代 鎌倉時代前期
築城者 大泉氏(武藤氏)
主要城主 武藤氏、上杉氏、最上氏、酒井氏
文化財史跡区分 国史跡(藩校)、国の名勝(三の丸庭園)
近年の主な復元・整備 直江兼続、最上義光、酒井忠勝
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)、藩校、庭園
住所 山形県鶴岡市馬場町
問い合わせ先 鶴岡市観光連盟
問い合わせ先電話番号 0235-25-2111