しんじょうじょう

新庄城

山形県新庄市

別名 : 沼田城、鵜沼城
旧国名 : 出羽

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南東側から本丸を望む
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幕末の戊辰戦争の舞台 (2026/04/07 訪問)

 山形城を訪問後、奥羽本線の列車で北上し、新庄へ移動
 JR新庄駅から本丸(最上公園)まで徒歩20分。
 新庄城は、戸澤政盛が寛永二年(1625)に築城。幕末には戊辰戦争の舞台になり、当初、新庄藩は奥羽越列藩同盟に所属していましたが、久保田藩が離脱を受けて、新庄藩も離脱。これによって庄内藩が新庄に侵攻、新庄城は庄内藩の攻撃で落城しています。
 現在、本丸は戸澤神社、新荘護国神社、天満神社の三社が鎮座し、周囲は最上公園となっています。
 戸澤神社は戸沢家の始祖 戸澤衝盛、藩祖の戸澤政盛、新庄藩十一代藩主戸澤正實を祀る神社です。鳥居のそばには、ピカピカの戸澤政盛の像が置かれています。とてもキレイに磨かれていて、ものすごく大切にされているのが伝わります。
 天満神社は、戸澤家の氏神で、本殿と拝殿は藩政時代から残る現存の建築物で山形県指定文化財となっています。茅葺の屋根なのが、風格があってとても良いです~!!
 本丸の東側は土塁、櫓台、水堀がかなり良好な状態で残されています。本丸東側の表御門跡には、石垣が残存しています。虎口に石垣を用いるスタイル、東北らしいですね!!
 本丸には、かつて三基の二重櫓があり、そのうち武器櫓(南東)と小納戸櫓(北東)の櫓台がきれいに残っています。大納戸櫓(北西)の櫓台は残っていませんが、跡地に標柱が設置されています。
 そして天守台跡の標柱が戸澤神社の社務所と護国神社の間にあります。築城当初は、三層の天守が本丸中央に建てられていたようですが、寛永一三年(1636)に火災で焼失してしまったようです。
 
 また駅からの道中には、三の堀跡、二の堀跡の標柱があります。二の堀跡は、標柱のすぐ後ろに堀の名残が色濃く残っていました。駅から向かう際は、こちらもお見逃しなく~!!

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三浦の晃ちゃん

今は、神社があります。 (2024/08/05 訪問)

戸沢氏六万石のお城です。天守台跡が、あります。今は、神社になっています。

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にのまる

城の香りの残るまち (2024/06/23 訪問)

山形城、米沢城、上山城と、山形新幹線沿線のお城を訪問した際、新庄城にも行けないものかと時刻表と睨めっこしたことはあったのですが、タイトな行程になりそうで見送っていました。
しかし〈いつか〉は向こうからはやってきてくれないもの。気になるところは行ける時に行っておこうという気持ちと山形新幹線完乗目的もあり出かけてきました。

 狙いはこの春デビューのE 8系でしたが満席だったのでE 3系で出発。帰りは臨時快速の陸羽東線で仙台経由で帰ることにしたので新庄滞在時間は1時間半。この規模のお城の見学時間としてはギリギリ最低ラインといったところです。
それなのに!新庄駅に着いたら先に出たE8が待機していて、E3と並んだ姿があまりにかわいくて離れがたくなり…。写真を撮ったり秋田方面へ向かう奥羽本線を見送ったりしているとどんどん時間が過ぎていってしまいました😱

新庄駅から新庄城までは徒歩10分強。大通りをまっすぐです。途中に三の堀跡、二の堀跡の標柱があり、本丸へ向かっているのを実感できました。標柱がなかったらただ通り抜けていただろうと思うので、ありがたいです。

三の丸と二の丸の間にある少し広めの交差点が鉤型になっていて、思わず足を止めてしまいました。ほかの町でも何度も見てきたこの感じ…。古地図で確認してみると大手口と一致しそうです。
実に感慨深い…。行きも帰りも立ち尽くして車の往来をしばし眺めておりました。
初めて訪れる町の静かな通りをワクワクしながら眺め歩くこのひととき。人生の忘れられない時間、大切な思い出になります。

新庄城は〈最上公園〉として整備公開されていました。しっとりと雨に濡れる紫陽花は町のシンボルでもあります。
園内は水堀に土塁、表御門石垣と城の痕跡がしっかりとありました。土塁の上、隅櫓跡の窪みは二層の武器櫓があった名残り。ここがいちばんリアリティがあり、印象深かったです。
二の丸跡から水堀沿いを歩き、北側の裏御門、大納戸跡の方へ行ってみました。方形の近世城郭を思い描きながら歩いていると往時の姿が浮かび上がってきます。

駅へ戻りつつ市役所へまわってみると「新庄開府400年」の大看板が掲げられていました。来年が400年の記念の年だそうです。通りの地面に敷かれた町の伝統を表現したタイルなどからも歴史を大切に守っていこうとしていることが伝わってきました。

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朝田 辰兵衛

CF,残念な結果となりましたが… (2024/04/06 訪問)

CF,残念な結果となり悔しいですが,みなさん頑張ったと思います。大変にお疲れさまでした。関係者やスタッフ以外で,奔走された方もいたかと推察します。「応援コメント」で盛り上がればと思い,積極的に「いいね」のリアクションをされた方もいらっしゃいました。
スタートダッシュがイマイチだった時の私の投稿で,「最●の城」や「博●ちゃん」で宣伝されれば…と提案しましたが,実現には至りませんでした。難しい側面もあったかと思いますが,ちょっとそれが心残りです。
昨年の姫路と横浜で,かるたの今後の見通しを伺ったことにより,このCFでの展開は不思議でも何でもありませんでした。どちらかというと,「一緒に戦うか!」とスイッチが入りました。
ま,結果は結果なんで受け止めざるを得ないです。まずは,今夜はゆっくりとお休みください。明日以降,前を向いて考えていきましょう。
私からの提案は,先日の投稿で「仙台城」の絵札と読み札が並んだカード紹介がありましたが,そのフォーマットで全カード紹介をしてみてはいかがでしょうか…?

この悔しさは,戦った者だけの特権です。傍観者にはわかりませんョ。戦った者は胸を張ってください。あなたは「英雄」です!

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城郭情報

分類・構造 輪郭式平城
天守構造 不明
築城主 戸澤政盛
築城年 寛永2年(1625)
主な改修者 戸澤政盛
主な城主 戸澤氏
廃城年 明治元年(1868)
遺構 曲輪、石垣、土塁、櫓台、横堀(水堀)
指定文化財 市史跡
再建造物 碑、説明板
住所 山形県新庄市堀端町6
問い合わせ先 新庄市商工観光課観光交流室
問い合わせ先電話番号 0233-22-2111