新庄駅から今年の1月に運転を再開した陸羽西線で余目駅へ移動し、出羽松山城を目指しました。
余目駅から出羽松山城までは徒歩1時間。(途中の庄内橋は道幅が狭く、通行は注意が必要です)
帰りは、雨と風が強くなったため、タクシーを利用しました。
松山歴史公園内に駐車場、トイレが設置されています。公園内に大手門(現存)、馬出の土塁、本丸北側土塁が残り、公園外に十三間堀と呼ばれる水堀が残されています。
大手門は山形県内で唯一の現存の櫓門で、ひと際存在感を放っていました。大手門周辺には桜が植えられ、良いアングルで撮影ができました!!(桜の時期 オススメです!!)
訪問時は、大手門そばの松山文化伝承館は休館中で見学できず無念…
松山城の歴史は、庄内藩 初代藩主酒井忠勝の三男酒井忠恒が遺領を分与されて、庄内藩の支藩として立藩したのが松山藩の始まりとされます。当初は陣屋でしたが、三代藩主 酒井忠休が長年、幕府の若年寄を務めた功績で五千石を加増。さらに城持が幕府から許され、陣屋を城郭に拡張し、出羽松山城が誕生しました。初代の大手門は、寛政二年(1790)に落雷で焼失してしまったようです。その際、酒田の豪商 本間家が大手門の再建を松山藩に出願し、幕府の許可を受け、寛政四年(1792)に再建されたのが、現在も残る大手門とのことです。江戸時代の庄内は、本間家パワーが凄いですね・・・ 松山城にも関わっているとは知らなかったので、驚きました。
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