「城びと>お城を探す」で表示される場所は城址碑のある「城跡公園」ですが、「城跡公園」は開発により碑を移した場所で、かっての城域は城跡公園から西に500m程の「古城交差点」付近(遺構なし)と伝わるそうです。
名鉄犬山線・下小田井駅から徒歩にて「古城交差点」まで7~8分程、「古城交差点」から「城跡公園」まで7~8分程でした。「城跡公園」の周りには駐車場はありません。
「城跡公園」に2つ城址碑があるのですが、1つは大正5年(1916年)、もう1つは昭和38年(1963年)と彫られています。おそらく大正の碑はかっての正しい城跡にあったのだと思いますが、開発により「城跡公園」に移され、その時に昭和の碑も建てられたのだと思います。カルビンさんの投稿の通り城址碑の裏に謂れが彫られているのですが、どちらの石碑も全く同じ説明で驚きました。「この昭和の石碑は大正の石碑の孫なんやなぁ」と石碑と石碑を建ててくれた小田井の人達の歴史を感じました。
築城主の織田敏定(おだとしさだ)さんは、織田信長の一族であり主筋でもある清洲織田氏(織田大和守家)の当主だったので、織田氏が好きな方にお勧めです。
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