泥と砂が交互に海底に堆積し、岩となった粘板岩珪岩互層が、麓から山頂まで続く。山頂及び尾根に展開する曲輪は平削時に岩を掘り残して土塁(石塁)とする。虎口も岩を掘り切る。南西の谷に崖となって露頭している所が、天然記念物 屏風岩。
この互層は大きく傾いているが、鈴鹿山脈西麓にもかかわらず、鈴鹿造山運動による褶曲作用を受けてないのが珍しいのだと。また、山体の両側を谷川が削り、急峻な独立峰になっている。
山麓に土塁と堀で守られた山屋敷があり、その背後から幅2m程の伝大手道を登った。100m弱行くと道はなくなる(明治時代の豪雨で崩落したと)ので、痩せ尾根に取りつき直登。下りは、急峻な痩せ尾根を行くのは危なそうだったので、北東側に降りることにした。地層の傾きから北東は古い(下側)と思われるが、谷川に露出する岩は、互層でなくて、真っ黒な粘板岩のみ。
日野と言えば、蒲生氏郷。鎌掛城も蒲生氏所縁。鎌掛城のあと、日野市市街と中野(日野)城に行った。
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