みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

あつ

上から見ると実は姫路城より広い (2019/08/16 訪問)

明石公園となっているので駐車場は比較的周りに沢山ありました。シンボルの巽櫓と坤櫓へは階段を少し登らなければなりません。そこからの見晴らしは素晴らしく、明石海峡大橋も一望出来て、登った甲斐がありました。タイミングよく巽櫓が公開されていて、内部が見学出来ました。見学可能時間は12:00〜13:00の1時間のみです。天守台からも明石海峡大橋や明石駅が一望できます。
徳川の時代になってもまだ豊臣信奉者のいる西の見張りとして一国一城令後に完成した歴史も興味深いです。
魚の棚市場も近く、昼食は市場内のお寿司屋さんで、タコをはじめ地元の魚の握りをいただきました。
駅から近い距離で短時間で景色も地元の味も楽しめて大満足でした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

宗春

小田原城 (2019/08/09 訪問)

御城印を頂くため、二度目の登城でした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ひろべえ

高虎の居城 (2019/07/30 訪問)

藤堂家32万3000石の居城。高虎は言わずと知れた加藤清正と並び称される築城名人。しかしながらその居城となった津城址は、あまり前評判の高くない城址ということで、さほど期待せず攻城。伊賀上野や篠山のような天下普請ではないので、高石垣という点では見劣りするものの、天守台の立派さにさすが高虎と思いました。戌亥櫓跡や丑寅櫓跡の石垣のまっすぐな反りはまさに高虎流。続100名城に選定されたのを機に、古写真も残っているので丑寅三重櫓を層塔型で復元して欲しいです。本丸・西之丸内も洋風の公園や不釣り合いな日本庭園よりも城址を感じさせる雰囲気にするためには、発掘調査をお願いしたいです。高山神社には申し訳なさそうに櫓の復元をお願いする募金箱がありました。自治体をあげてもう少し熱心に取り組めたらいいですね。清正の熊本市のように。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

さんぽ

石垣の名城 (2019/05/04 訪問)

「石垣の名城」を目の当たりにして、ただただ圧倒されてしまいました。城下はイベントで大賑わいでした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ひろべえ

まさに石の壁 (2019/07/30 訪問)

鳥羽から田丸より転戦。猛暑と雷鳴が轟く中、いつ雨が降らないか心配しながらの攻城になってしまい、予定より短時間で撤退。それでも表門跡から本丸上段・下段、きたい丸、隠居丸を駆け足で散策。二ノ丸内や本居宣長関連はほとんどスルーになってしまいました。石垣の積み方が違っていたり、石垣の反りに違いがあったりして石垣だけでも十分堪能しました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

街道おじさん

七尾城登城 (2019/06/05 訪問)

正確にいえば、七尾城登城というタイトルは正しくない。
時間の都合で七尾城址まで行くことが出来ず、七尾城史資料館を
見学し、百名城スタンプを押しただけである。
しかしこの資料館はなかなか面白く、七尾城の事が良く理解できた、と
思われる。
いつか今回行けなかった七尾城址を訪ねてみたい。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

街道おじさん

金沢城登城 (2019/06/04 訪問)

前田利家が築いた天守は残念ながら残っていないが、石川門、二重櫓、菱櫓等が
たいへん美しい。
また鉛瓦海鼠壁も格調高い。
流石加賀百万石のお城である。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ひろべえ

素晴らしい石垣 (2019/07/30 訪問)

鳥羽城より転戦。予備知識もなく、あまり期待していませんでしたが、続100名城というモチベーションで攻城。玉城中学校・玉城町役場・田丸保育所が城域にありますが、よくここまで石垣が残っていました。玉城町役場の駐車場に駐車して、二の門跡から入場すると中学生の声が聞こえて断念。大回りして搦手門跡から二の丸跡・本丸跡・本丸虎口・富士見門を見て北側をまわって、城山稲荷社のある北の丸跡を巡る。最後に旧三の丸御殿奥書院と村山龍平記念館でスタンプと御朱印をいただく。素晴らしい城址でした。猛暑の中で部活に励む中学生の皆さんお疲れ様。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

いんげん丸虫

暑いので (2018/02/18 訪問)

暑いので冷たい画像を。。
2月の山梨。最も高い標高にある御坂城はとにかく寒かったです。登城口から城跡までの90分、腰のポーチに入れてたペットボトルのお茶が氷菓子になりました。

+ 続きを読む

小城小次郎

津山城

四重に巡る鉄壁の石垣と70を超える櫓群、南蛮造りの大天守、迷路のような本丸御殿。武力を用いず国衆を黙らせるには十分すぎるほどの要塞は、築城者の森忠政にとって会心の力作だっただろう。

+ 続きを読む

花崗岩貫入 (2019/08/15 訪問)

7世紀の朝鮮式山城。一の木戸は山の北側、環太平洋大学側から緩い山道をたどる。城跡説明板は山の北東もしくは南東から常楽寺を目指す車道を行き、常楽寺に入らずに山をさらに登って行く。
一の木戸説明板に石材の記載があり、近くで取れるホルンフェルス、花崗岩と。粘板岩、砂岩、チャートなどの堆積層に花崗岩が接触し変性した地質。
一の木戸から城跡説明板のところまで登れるのかもしれないが、一の木戸から少しいくと溜め池があり、堤が丈のある草で行く手を阻み、断念。

+ 続きを読む

赤い城

城川公園に説明板が立っています (2019/08/14 訪問)

群馬総社駅から徒歩で20分のところにある城川公園周辺が城址のようです。
公園には説明板がありますが周辺は住宅地になっています。
古墳を利用した物見台があるそうですが時間がなく撤退しました。

+ 続きを読む

城好きのメガネ

「伊勢原市指定史跡 岡崎城」 (2019/08/17 訪問)

<オススメ>★★☆☆☆
鎌倉時代初期に三浦氏の一族である岡崎義実が築城したとされる。相模への進出をはかる伊勢宗瑞は扇ガ谷上杉氏の拠点で三浦氏が守備していた岡崎城を攻城した。廃城時期は不明である。

<アクセス>
小田急線 伊勢原駅 徒歩25分

+ 続きを読む

カルビン

前言撤回 (2019/08/16 訪問)

遠征予定地が台風直撃だった為に遠征控えると書いていたの・・・嘘でした(と言うか嘘になりました)(ーωー;)ゞ
各種チケットのキャンセルだとキャンセル料取られてしまう可能性があったので、予定日を変更して(変更ならお金かからない)行く事に。

羽田から山口宇部空港へ行き、そこから乗り合いタクシーで萩へ・・・タクシーは萩市内であれば同金額(3600-)でどこでも下車OKだったので、萩城の目の前まで行ってもらえました。

台風の影響も残っておらず好天だった為に暑さもあり、指月山上のある詰城には登れませんでしたorz
建造物も残っておらず見所少なそうなイメージありましたが、水堀や海沿いを走る石垣だけでも十分100名城だな~と思えるレベルの遺構が見られました。

更に萩の城下には主に幕末に関するものが沢山あり、幕末に興味ない自分でも楽しめました。。。暑ささえ無ければなぁ・・・
↑萩城から萩バスセンターまで徒歩だった(汗)

滞在予定時間にもよりますが、史跡巡回バスを使用予定の方は事前に確認の上時間にご注意下さい。
(一方通行の為、松陰神社行こうとしてバス45分もかかる事をバス停で知って、急遽タクシー利用した)


毛利元就と三兄弟の「三本の矢」の像、道路挟んで歩いて通過したのに、確認忘れて写真撮れなかったのが痛恨のミスでしたorz
(山口へ向かうバスの中で見つけて見学忘れていたのを思い出しました)

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城好きのメガネ

「東京23区内に存在した唯一の藩 喜多見陣屋」 (2019/08/17 訪問)

<オススメ>★★☆☆☆
喜多見城は、江戸氏が築城したとされる。江戸重長は「武蔵国の棟梁」とも呼ばれ、同族の河越重頼・畠山重忠とともに源頼朝の覇道に貢献し、鎌倉幕府の重鎮として活躍した。その後、江戸城を扇谷上杉氏の家宰・太田道灌に奪われると、後北条氏の傘下に入り、現在の喜多見に移ったとされる。小田原征伐で後北条氏が敗北すると、江戸氏は徳川の家臣となり、姓を喜多見に改めた。喜多見氏は、関ヶ原の戦い、大坂の陣などに従軍した功績から、2000石にまで加増された。喜多見重政のとき、喜多見藩を立藩し、喜多見城跡に陣屋を置いた。喜多見重政は徳川綱吉の寵愛を受け、6800石余を加増され、1万石の大名となり、1685年には、側用人となる。その後も、1万石を加増されて合計2万石の大名となり、喜多見に立藩した。幕府の足元という立地にもかかわらず築城を許され、諸費用を綱吉から下賜されている。しかし、立藩直後、刃傷事件に連座して改易された。なお、喜多見藩は東京23区内に存在した唯一の藩であった。現在、遺構は消滅している。

<アクセス>
小田急線 喜多見駅 徒歩25分

+ 続きを読む

ぴーかる

由良台場 (2019/08/10 訪問)

【由良台場】
<駐車場他>台場前に無料あり。
<交通手段>車

<見所>土塁

<感想>日帰り米子御城印取得と鳥取県の城攻めの旅3城目。西宮砲台はあるが、台場は見るのが初体験だった。塁上を一周、外側を半周して観察した。由良台場は国道9号線沿いにあり、台場自体は来訪者はないが、周辺は公園や道の駅・名探偵コナンの「青山剛昌ふるさと館」があり、すごい車の出入りで国道9号線に出るのに苦労した。台場の説明は添付写真を。

<満足度>◆◆◇

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城好きのメガネ

「沢山城(三輪城)」 (2019/08/17 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
築城時期等については詳細は不明である。後北条氏が豊臣秀吉の小田原征伐に備えて、沢山城の兵糧を小田原城へ輸送するよう印判状を出したとされる。城址は私有地になっている。城址の程近いところに町田市指定文化財 熊野神社本殿も併せて見学したい。

<アクセス>
小田急線 鶴川駅 徒歩25分

+ 続きを読む

城好きのメガネ

「座間城」 (2019/08/17 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
室町時代に郷士であった白井織部是房の居館跡である。居館跡から程近い、臨済宗 心岩寺は白井織部是房が開基したとされる。心岩寺には伊達政宗の好敵手であった岩城常隆の供養五輪塔(市指定重要文化財)もある。併せて見学したい。現在、城址の遺構は消滅している。

<アクセス>
小田急線 座間駅 徒歩10分

+ 続きを読む

城好きのメガネ

「枡形山城」 (2019/08/17 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
山頂は東西130m、南北80mの平坦地で眺望もよく、四方は断崖で囲まれた要害の地である。鎌倉時代に稲毛三郎重成が枡形山を城とした。1504年、立河原の合戦に際して、伊勢宗瑞が布陣したとされる。また、1569年には武田信玄が侵攻した際に、横山弘成が籠城した。現在、遺構は消滅している。

<アクセス>
小田急線 向ヶ丘遊園駅 徒歩約15分

+ 続きを読む

にのまる

【夏とお城】青春18きっぷ2回目 (2019/08/11 訪問)

長旅の果てに到着した館山駅には結構たくさんの人がいたのですが、みなさん館山城ではなく洲崎神社へ向かわれたようです。もう少し近ければ行ってみたかったです。
お城はすいていました。

八犬伝博物館となっている天守は模擬ですが、夏空に映えてかっこよかったです!
建物内では八犬伝ワールドが様々に繰り広げられていました。
展示物を一通り見て、最上階でお約束の破風入り遠望写真をパチリ📷

そして八遺臣のお墓へ。
戦国末期、里見氏10代忠義に仕え殉死した八遺臣(八犬伝のモデルになったとも言われている)の墓所は若干不安になる山道を進んだところにありました。
爽やか天守の広場とは全く違う雰囲気で、苔むしてはいましたが、新しめの塔婆立てにお盆だったからか塔婆も立てられていて、静かに大切に守られているという感じを受けました。

近道という名の山道を下り、博物館本館へ。
一階にあった里見氏のコーナー。
「ここではフィクションではなくホンモノの里見氏の歴史をお伝えします!」的なことがはっきりと書かれていて、山頂の八犬伝博物館とは完全に棲み分けしていました。
簡潔にわかりやすく、でも古文書や出土品などの史料と合わせて丁寧な解説で、なかでもお城が破却された際に堀に捨てられたと考えられる木材は手斧ではつられた跡もあり、へぇー!うゎー!おーっ!って感じでした。周辺の関連のお城もいつか行けたらいいのですが。
ここはクーラーが効いていて、火照った体も癒され、帰りに駅まで歩く英気も養われました٩(^‿^)۶

途中寄ってみた渚の駅には小さな水族館(生け簀ではない^^;)もありました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ページ1670