嘉禄年間(1225〜27)初代香西資村は勝賀城を詰城、佐料城を居館としてきた。しかし、18代佳清のとき、土佐の長宗我部元親の讃岐侵攻に備えて、北に海の砦となる芝山城、南に守りの作山城があり、その中央の藤尾山に天正5年(1577)に新城を築きはじめ
、完成を待たずして佐料城から藤尾城に移ったと伝えられている。【案内板より抜粋】
ナビに従っていくと、八幡宮の境内まで案内されますが、道はとても狭いです。鳥居前の参拝者用駐車場に停めさせてもらうのが一番だと思います。案内板も鳥居の横にあります。
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