にじょうこじょう

二条古城

京都府京都市

別名 : 旧二条城
旧国名 : 山城

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小城小次郎

ぐるっと回って (2020/09/21 訪問)

義輝が最期を遂げた館(義輝邸)の場所に信長が義昭のために城(旧二条城)を建てた。それを壊して今度は正親町天皇の皇子のために屋敷(二条殿)を建て、その屋敷に織田信忠が籠って最期を遂げた、ということだ。

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平安女学院の片隅に (2020/10/07 訪問)

 平安女学院の交差点の一角に石碑と説明版があります。発掘調査で発見された石垣の一部が現在の二条城内に復元されていました。

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くっしー

一緒に足利義輝邸跡も確認。 (2020/09/21 訪問)

石柱が残っているだけで、遺構はありません。
ただ、偶然にも室町幕府13代将軍の足利義輝が殺された場所に遭遇。
9月20日放送の「大河ドラマ 麒麟がくる」で義輝(向井理)が殺されて、次の日にやってくるとはすごい偶然です。
まあ、そちらも遺構は残っていないのですが、二条古城を訪れる予定の方は是非こちらもチェックしてください。

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ぴーかる

信長築城の二条城 (2020/06/21 訪問)

【二条古城】
<駐車場他>各所コインPあり。
<交通手段>徒歩

<感想>1569年頃に織田信長が自身が普請奉行となって足利義昭のための居城として築城した城。足利義昭が挙兵、追放後は築城中の安土城に転用された。金箔瓦も発掘されていて豪華な城だったことがわかる。
 旧二条城の位置は御所の南西部にあり、約400㍍四方あったようです。現在の元離宮二条城と御所の中間にあったようです。

 朝7:00頃 JR二条駅前に駐車して元離宮二条城の外堀を1周して開城8:45まで時間が余ったので、次の予定の旧二条城まで徒歩で行った。先に京都御苑椹木口内側にある復元石垣を見て、平安女学院にある石碑を見ました。元離宮二条城から徒歩で30分かかりましたが、御所までの距離感わかりました。

<満足度>◆◇◇

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 織田信長
築城年 永禄12年(1569)
主な城主 足利氏
廃城年 天正元年(1573)
遺構 消滅
再建造物 石碑、説明板、石垣
住所 京都府京都市上京区五町目町
問い合わせ先 京都府教育庁指導部文化財保護課
問い合わせ先電話番号 075-414-5903