えだやかた

江田館

群馬県太田市


旧国名 : 上野

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南の虎口 土橋と土塁
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イタさん

館跡としては良好に保存されている (2023/07/06 訪問)

説明板の概略は、江田行義の館跡と伝えられている。行義は新田義重の子、義季の四世の孫で新田義重の鎌倉討伐に従い・・・。地元では堀之内と呼ばれる本丸跡は、東西の両面に折れをもち、東西約80メートル・南北約100メートルの土塁と堀を巡らせている。虎口は土橋を伴い、南西と東にある。外郭には本丸の南と西をL字に囲んだ二の丸がある。北東には黒沢屋敷跡・茂呂屋敷跡・柿沼屋敷跡があり、土塁と堀の一部が残る。

東北角に黒沢屋敷との境に土塁が残るが、他の屋敷跡は行けず確認しなかった。主郭周囲の堀は水が溜まり水堀となっている。西の外郭の南西には土塁跡らしき高まりを感じる。元は続いていたのだろうか。西側は切岸状の急斜面になり、下にはほぼ埋まっているが堀跡を思わせる凹みが南北に続く。さらに西は一段下がり水田だが、元は湿地だったのかも。

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赤い城

堀底道一周コース (2022/02/26 訪問)

県道292号線沿いにあり、駐車スペースもあります。
すぐに説明板が立っていてその先が虎口です。
方形居館で四方を土塁と堀が囲んでいます。
東西にそれぞれ折れもあります。
例によって堀底道は一周しました。枯れ葉でやや歩きにくいですが藪よりはよっぽどマシ。
綺麗に形を観察することができました。
新田荘遺跡の館跡の一つで江田行義の居館。
現在は単郭ですが当時はいくつかの外郭もあったようです。
近くまで行かれた際には是非、お手軽に登城できます。

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じゅんじん

中世武家の館跡 (2021/11/07 訪問)

単郭で土塁に堀の構造でした。新田氏の家来の館跡になります。よく残ってたなと。

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新ろくべえ

江田館に行ってきました (2020/03/31 訪問)

江田館に行ってきました。
ここは江田行義の館跡と言われています。行義は新田義重の子供の義李の四世の孫です。
義李は鎌倉幕府討伐での極楽寺坂口の大将となり軍功をあげました。
その後西国転戦後に備後国で農業をして足利氏の目をしのび
姓を9代にわたり守下とあらためていましたが10代の大膳が1593年、
祖先の地であるここに移転してきたと言われています。
戦国時代、近くにある反町館とともに金山城の出城として改修、
金山城主由良氏の四天王の1人の矢内四郎左衛門の居城となりました。
天正年間には後北条氏勢が金山城攻略に先立ちここを奪って攻撃拠点にしました。
そして後北条氏滅亡とともに廃城になりました
〔城情報〕
・築城年代 ?
・形式 平城
・築城者 新田行義
・主要城主 新田氏、矢内氏(由良氏家臣)、後北条氏
・大きさと形 東西約80m×南北約100mの長方形
・主な遺構 堀、土塁

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 江田頼有
築城年 13世紀前期
主な改修者 矢内四郎左衛門
主な城主 江田氏、矢内氏
遺構 曲輪、土塁、虎口、横堀(空堀)、横堀(水堀)
指定文化財 国史跡(新田荘遺跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 群馬県太田市新田上江田町925-9