続日本100名城

すわはらじょう

諏訪原城

静岡県島田市

別名 : 牧野城、牧野原城、扇城
旧国名 : 遠江

投稿する
諏訪原城
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

カズサン

北馬出薬医門復元続板塀の板張り進捗確認と大手外馬出確認 (2021/09/11 訪問)

 静岡県も武漢コロナウイルス緊急事態宣言延長で9月12日から9月30日まで自粛対応、県境を越えての往来自粛が今月いっぱい続きます、県内で動ける所をと諏訪原城を訪ねました、山城探訪の慣らし、車の移動の慣らしバッテリー上がらない様に、諏訪原城の復元続板塀(二の曲輪北馬出薬医門復元板塀)の赤くさび止めが剝き出しのままの状態進捗確認の探訪です。
 
 今年の1月から3月6月と復元板塀の進捗確認をしてますが本日も鉄柱剥き出しのまま本年度末には何とか成るのでしょうか?
 
 そんな訳で探訪はビジターセンターから二の曲輪中馬出、北馬出、薬医門、復元途中の板塀間の往復、探訪時間も有るので今までの探訪して無かった大手外馬出跡、全て茶畑に成ってますが復元石畳の東海道菊川坂沿いに三日月型に周辺が段差をもって遺構が残ってますが案内板説明板は有りません、ビジターセンターで頂いたパンフレットの案内図を頼りに探訪。
 
 自宅から1時間程の移動で到着、10時の開館前でしたが既に車は2台駐車、10分前に開館していただいて資料ゲット、帰りにはビジターセンター前の駐車場は満車で全て県内車、広いので見学者と接触する事は有りません感染対応は問題有りません。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ふゆづき

武田家の土木技術と馬場美濃守の戦術眼に感服 (2021/09/08 訪問)

丸馬出で有名な諏訪原城を訪問。
アクセスは、東海道線金谷駅から、平成の町おこしで再興された石畳東海道(金谷坂)を通って徒歩約20分のところにある小高い丘の上に城は位置しています。
先ずは諏訪原城ビジターセンターを訪問します。
私が訪問した際には、係の方に城の見所(馬出や三日月堀の様子)を詳しく解説頂きました(車の場合にはビジターセンター前に6台程度、少し離れた場所(旧東海道沿)に10台程度の駐車スペースがあります)。
城には、茶畑が広がる大手曲輪から入城し、外堀を横目に見ながら、この城の最大の見所である二の曲輪中馬出に向かいます。

この馬出の保存状況は非常に良く、武田家の土木技術の高さがうかがえますが、敢えて言えば、これに代表される諏訪原城の多数の馬出は、防御力の誇示もさることながら、この馬出の様子が城外(旧東海道)からも見ることができることを勘案すると、この城が武田氏の城であること(すなわち、遠江の一角に武田の旗が立っていること)を認識させるためのものであったのではないかと思わされました。

また、本曲輪からは駿河方面の眼下に大井川と東海道を見ることができるため、東海道を監視・官制することが可能であり、この地に城郭を築いた馬場美濃守の戦術眼に感服する思いでした。
各種の馬出の様子も含め、城内をゆっくりみて所要時間は1時間程度。
深い空堀や土橋の形成など、武田家の最前線基地に投入された土木技術に改めて感服しました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り6日目:諏訪原城 (2021/07/02 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り6日目の4城目は諏訪原城です。
勝間田城から転戦。ビジターセンタ駐車場(34.8161400、138.1179506)に駐車しました。

1568年(永禄11年)駿河に侵攻して今川氏真を遠江掛川城へと追いやった武田信玄は、翌1569年(永禄12年)に大井川を越え金谷台地に五砦を構えます。
その一つが金谷城(諏訪原城の前身)で馬場信春に命じて築かせ守将としましたが、同年に徳川家康の家臣永井安盛・安倍定吉らが攻めて攻略しています。
1573年(天正元年)高天神城攻略を目指す武田勝頼は、馬場信春・武田信豊に命じて諏訪原城を再度築城し、1574年(天正2年)には徳川方の小笠原長忠の守る高天神城を攻略します。
1575年(天正3年)徳川家康は武田方の海野・遠山氏らが守る諏訪原城を2ヶ月に及ぶ包囲戦を行い攻め落とし、松平康親を城将として入れ、城名を牧野原城と改めました。 
1578年~1581年(天正6年~9年)にかけて家康は松平家忠らを城代として入れ、城の修築を行います。
1581年(天正9年)に武田方の高天神城が落城、翌年には武田勝頼が滅びると城主松平康親は駿河三枚橋城へと移りました。
諏訪原城を明き城となり掛川城預かりとなったが、1589年(天正17年)頃には廃城となったと推定されていまする。
『諏訪原城』の名は、城内に諏訪大明神を祀ったことからついたと言われています。

ビジターセンターに8台ほど駐車できます。とてもきれいに整備され順路も判りやすく案内されており、お城に詳しくない方でも楽しめると思います。
自分が攻城した時は強雨で、ビジターセンターが開くまで車で待っていたのですが、係の方が15分前に開けてくださり、二人でお城談義をして楽しみました。今は草が多く、本当はもっと堀は深いとおっしゃっていました。
たくさん写真を撮りましたが、強雨の為、ほとんどの写真に大きな雨粒が写り込んでしまい投稿できません。(空堀と馬出の凄さをお伝えできないのが残念です) 久々の感動です。
攻城時間は50分くらいでした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

【お城川柳】巨大な丸馬出三日月掘の諏訪原城を詠んで

 ・ 丸馬出 諏訪原城に 六つあり 

 ・ 武田より 徳川つたえし 牧野城

 島田市牧之原台地に武田氏と徳川氏の攻防の跡諏訪原城が在ります、武田が築城し徳川が改修し別名牧野城(徳川氏が命名)、巨大な土の城で丸馬出と前面の三日月掘りスケールが大きく見応えが有ります、大型な中馬出、大手馬出、小振りな北馬出、東内馬出、東馬出、南馬出、更に香川画伯の諏訪原城想像俯瞰図には大手曲輪の大型大手外馬出が描かれてます未発掘の様ですが地形図では痕跡が伺えますが?

+ 続きを読む

イベント情報

  • 2021年08月01日(日)~2021年09月30日(木)

    諏訪原城

    家康が眺めた景色を再び! 諏訪原城雑木伐採のためのクラウドファンディング実施

    諏訪原城跡の生い茂ってしまった雑木を伐採し、家康が眺めたであろう景色と壮大な深堀を再び!ということで、島田市観光協会が伐採費用のクラウドファンディングを行っています。春風亭昇太師匠が隊長、日本城郭協会理事の加藤理文先生が副隊長を務める「諏訪原城応援隊」もタイアップ! 募集期間:8月1日~9月30日 返礼品:昇太師匠の直筆御城印など 目標金額:200万円 詳細はHPをご覧ください。

※ 内容は変更となる可能性があります、予めご了承くださいませ。

城郭情報

城地種類 山城
築城年代 天正元年(1573)
築城者 馬場信春?
主要城主 今福氏、今川氏、松平氏
文化財史跡区分 国史跡(諏訪原城跡)
近年の主な復元・整備 松平家忠など
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀・三日月堀)、馬出し、井戸
住所 静岡県島田市金谷
問い合わせ先 島田市教育委員会文化課文化財係
問い合わせ先電話番号 0547-36-7967