<オススメ>★☆☆☆☆
今井城は、舌状台地上に築かれた今井氏の居城とされる。戦国時代には後北条氏の傘下に入る。小田原征伐の際に廃城となる。現在、堀、土塁等が遺されている。※住宅地内にあるため見学の際は注意が必要。
<アクセス>
JR金子駅 徒歩20分
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2023/09/04 12:18
2023/01/06 23:57
そろそろ東京の端っこでも。 (2022/11/28 訪問)
得意の途中下車。今回は,JR金子駅で。埼玉県から東京都青梅市に入りました。コインロッカーはなく,キャリーバッグを転がしながら。この駅で降車した乗客は私だけでした…。それなりに住宅はありましたが,ほとんどマイカー所有でした。都心で感じる風とは違います。
さて,ここは何といっても空堀が魅力的な城です。少年だったころに発見していたら,間違いなく「仮面ライダーごっこ」をしていました…<笑>。
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2022/05/01 15:04
のんびりホリデーSUICAパス八高線&相模線8城巡り①:今井城 (2022/04/30 訪問)
6月の九州遠征前の、なまった足腰(コロナ過で10か月攻城していません)のリハビリを兼ねた攻城(PART3)です。
のんびりホリデーSUICAパス八高線&相模線8城巡り1城目は今井城です。
金子駅より徒歩20分ちょっとで城址入口(35.810523、139.313591)に着きました。
児玉党の今井氏が城主であったと言われています。
1416年(応永23年)の上杉禅秀の乱に際して今井氏は反乱側についたものと見られ、乱の後は附近に三田氏が台頭する中、今井氏は所領を没収されながらも細々と続いたようです。
1482年(文明14年)以降のいずれかの時点で城の墳墓が埋められ、その上に新しい城が築かれた痕跡があり、第三の勢力の進出を示唆しているそうです。
この第三の勢力とは北条氏であり、新城築城は1524年(大永4年)の北条氏綱による江戸城攻略以降のことと考えられているようです。
その後北条氏が上杉氏と対峙する中、今井城は北条氏が攻略線上に等間隔で配置した支城の一つとして機能していたが、1551年(天文20年)の平井城落城でその機能も無用となったようです。
今井氏は天正年間までは続いていたとされるが、その後は城の存在は忘れられ、江戸時代に編まれた『新編武蔵風土記稿』にも「堀ノ内」の地名があること以外は何の言及もないようです。
現在城址は周辺は宅地化されているものの、本丸跡には土塁や二重の空堀などの遺構が良好に保存されています。
住宅街の高台に空堀で区切られたいくつかの郭があり、明確に残っている空堀が良かった。
攻城時間は20分くらいでした。
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分類・構造 | 丘城 |
---|---|
築城主 | 今井氏? |
築城年 | 大永2年(1522)以降 |
主な城主 | 今井氏 |
遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
指定文化財 | 市史跡(今井城跡) |
再建造物 | 説明板 |
住所 | 東京都青梅市今井1-522-1 |
問い合わせ先 | 青梅市郷土博物館 |
問い合わせ先電話番号 | 0428-23-6859 |