秀長の時代は土の城で、このような石垣を築いたのは、秀長の6年後に入った赤松広秀だそうです。広秀はそれから15年間、この竹田城の城主となります。石垣の石もこの地方特有のきれいな石で、広大な石垣群が青い空と緑にとてもよく映えていました。さすが100名城です!
この日は天気がよく、天守台から北千畳や南千畳までの景色や、麓の竹田の街並まで、とてもよく見渡せました。山頂の涼しい風は心地よく、天守台の横にあったベンチに座り、姫路駅で買ったおにぎりを食べながら、気がつくとボーっと30分くらいこの雄大な景色に見とれていました。
秋から春にかけての早朝には霧がかかり天空の城になるので、私も一度はその景色も見てみたいです。桜や紅葉の時期もきれいだろうなと思いました。城主となった秀長も、はたして天空の景色は見たのでしょうか? しかし秀長はゆっくりできなかったようです。この後すぐに家臣の桑山重晴に城代を任せ、但馬守護の流れをくむ山名祐豊と雌雄を決すべく、北但馬へと出陣します。
次は、但馬平定を賭けた戦いの地、有子山城に向かいます。
でもちょっとその前に、豊岡城・出石城にも立ち寄ろうと思います。
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