日本100名城

たけだじょう

竹田城

兵庫県朝来市

別名 : 虎臥城、安井ノ城
旧国名 : 但馬

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竹田城
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トク

2【秀長の但馬平定をたどる②】竹田城(2/2)絶景です! (2026/05/14 訪問)

秀長の時代は土の城で、このような石垣を築いたのは、秀長の6年後に入った赤松広秀だそうです。広秀はそれから15年間、この竹田城の城主となります。石垣の石もこの地方特有のきれいな石で、広大な石垣群が青い空と緑にとてもよく映えていました。さすが100名城です!

この日は天気がよく、天守台から北千畳や南千畳までの景色や、麓の竹田の街並まで、とてもよく見渡せました。山頂の涼しい風は心地よく、天守台の横にあったベンチに座り、姫路駅で買ったおにぎりを食べながら、気がつくとボーっと30分くらいこの雄大な景色に見とれていました。

秋から春にかけての早朝には霧がかかり天空の城になるので、私も一度はその景色も見てみたいです。桜や紅葉の時期もきれいだろうなと思いました。城主となった秀長も、はたして天空の景色は見たのでしょうか? しかし秀長はゆっくりできなかったようです。この後すぐに家臣の桑山重晴に城代を任せ、但馬守護の流れをくむ山名祐豊と雌雄を決すべく、北但馬へと出陣します。

次は、但馬平定を賭けた戦いの地、有子山城に向かいます。
でもちょっとその前に、豊岡城・出石城にも立ち寄ろうと思います。
 

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トク

1【秀長の但馬平定をたどる①】竹田城(1/2)城へのアクセス (2026/05/14 訪問)

豊臣秀長の但馬平定をたどる旅に出ました。まず竹田城からです。

竹田城は天空の城として有名ですが、実は秀長が初めて城主となった城で、秀吉から離れ単独で戦をした城でもあるという事を御存知の方は、以外と少ないのではないでしょうか?😯

1577年秀吉は但馬攻めを行い、いったんは但馬を手中にします。そして秀吉は秀長にこの竹田城を与え、秀長は約1年間ここで城主を務めたそうです。秀長が初めて持った自分の城です。しかしここで、別所長治(三木城)・荒木村重(有岡城)が謀反。秀吉・秀長は急ぎ播磨へ戻りました。その間に山名氏の重臣太田垣輝延が竹田城を奪還したため、1580年秀吉は信長から再度但馬平定を命じられます。しかし、官兵衛とともに播磨国衆を説得中で姫路から動けぬ秀吉は、秀長に但馬攻めを託します。秀長は単独で出陣し、まず竹田城を再度攻め落としました。

姫路からJR播但線(寺前で乗継ぎ)普通列車に乗り1時間40分、竹田駅に到着しました(写真①⑩)。竹田城は2回目で、駅の裏側には徒歩での登城路もあり、7年前に来たときはそこから登りました(写真⑤)。竹田城まで40分と書いてありますが、健脚でない私のゆっくり足では60分もかかったので、今回は明日以降も山城を控えている事もあり、無理せず駅前から出ている「天空バス」を利用しました(写真⑨)。

バスは列車が着いてから40分後に発車だったので、私は駅のコインロッカーに荷物を預け、駅の自販機で飲み物を買い(山上にはない)、駅から徒歩3分の所にある「情報館天空の城」で100名城スタンプを押して、ビデオや模型・竹田城の説明を見て予習を兼ねて時間をつぶしました(写真⑦)。秀長に関する説明や秀長の旗もかなりあり、ここが最初の城である事も強調されていて、大河ブームに乗りずいぶんと宣伝に力を入れているな~🤔という印象でした。

それからバスで登ること20分「竹田城跡」のバス停に到着です。平日のせいか駅から乗ったのは私一人だけ(そもそも駅を降りたのが私一人だけ😱)だったのですが、途中の一般駐車場(山城の郷)から20人くらい乗ってきて、小さなバスはあっという間に満員になりました。バスを降りてからは、舗装された緩やかな登り坂を20分程登ると料金所(登城口)です。帰りは料金所の横から駅へ直接下る道を歩いて下りました。バスで戻る方は、本数が少ないのと一般駐車場(山城の郷)までまた乗って帰る方も多い(並んでいた)ので、帰りの時間を確認して早めにバス停に戻るか、私と同じように帰りは駅への登山道をゆっくり歩いて下るのも、時間を気にせずに山城気分が味わえるのでオススメです(駅まで約30分です、急坂なので御注意を!:写真④)。

次は、竹田城の山頂からの景色に続きます。
 

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ボン

竹田城:2020年10月16日:100名城-16 (2020/10/16 訪問)

別名:虎臥城
駅近くの天空の城資料館に立ち寄り。道の駅と向かいの山から眺望。登城はせず。

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美夢

(2025/11/25 訪問)

綺麗な虹が出ていましたので
皆様にも写真をシェアしたくて
投稿致しました

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概要

15世紀に築かれた山城を、天正13年(1585)に城主となった赤松広秀が大幅に改修。標高354mの山頂部に本丸を構え、北千畳や南千畳の曲輪群を有している。雲の上に城跡が浮かんで見える光景から「天空の城」とも呼ばれている。天守台南西面にある高さ約10mの高石垣をはじめ、当時最先端の技法による総石垣が見事。

城郭情報

城地種類 梯郭式山城
築城年代 永享3年(1431)
築城者 山名宗全?
主要城主 太田垣氏、羽柴秀長、赤松広秀
文化財史跡区分 国史跡(竹田城跡)
近年の主な復元・整備 羽柴秀長、赤松広秀
天守の現況・形態 不明(天守台あり)
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、竪堀、堀切、井戸
住所 兵庫県朝来市和田山町竹田字古城山169
問い合わせ先 朝来市産業振興部商工観光課
問い合わせ先電話番号 079-672-4003