日本100名城

おかやまじょう

岡山城

岡山県岡山市

別名 : 烏城、金烏城、石山城
旧国名 : 備前

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岡山城
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烏城 (2021/02/28 訪問)

秀吉から57万石を与えられた宇喜多秀家の居城は、ほとんどが埋め立てられ、本丸だけをを残していた。 秀吉からの寵愛を受け、若干にして57万石の大大名になった秀家の城は、東に対しては無防備な城だった。東からは何かあれば秀吉様が駆けつけてくれるからって言うのが理由らしい。西は毛利に睨みを効かすために厳重だったようだ。
5角計の天守が印象的だった。まだまだある。金の鯱鉾が目を引いた。秀吉から寵愛されているから許されてらしい。天守の中から間近に見る事ができる。
天守の中は、土産屋さん、着付けコーナー、茶屋…など、充実している。
展示物も有名な武将の古文書などもあり、見逃せない。
スタンプは1階受付の側にあり、御城印は2階の土産屋さんにて、300円で売ってある。
勿体無いことに、本丸しか残されていないので、それほど喉が渇くわけではないが、天守入り口付近に自販機があるのみ。
良い写真スポットは月見橋の真ん中くらいからがお勧め。
野面積みの高い天守台も立派。現存する月見櫓も風情がある。
見どころは、まだまだ有る。時間がある方は、後楽園にも脚を伸ばしたら良いのではないかと思う。

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AJ

表の顔と裏の顔 (2019/12/03 訪問)

岡山城月見櫓。
2度目の訪問だったので、外観復元の天守はそこそこに、前回あまり時間を割けなかった現存の重箱櫓へ。

城外側は二重で、城内側は地階に屋根がつくため、三重に見える変則的な造。その名の通り、眺望を考慮して城内側に開放的で、櫓には珍しく最上階に廻縁。入母屋破風は城外側のみ。望楼型に分類されるようですが、平面が正方形に近いので、実質的には層塔型ベースとのことです。

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昌官忠

次男と2人クラブツーリズム『姫路城&岡山城&備中松山城の2日間』③ (2018/06/17 訪問)

次男と2人クラブツーリズム『姫路城&岡山城&備中松山城の2日間』の3城目は岡山城です。
岡山城は3回攻城しています。
 1回目は結婚前(35年以上前です)に妻と二人(後楽園とセット)
 2回目は2018/06/17の今回、次男と二人で後楽園とセット
 3回目は2019/03/16で一人で「クラブツーリズム山陰山陽100名城制覇」のツアーで攻城(投稿済)
3回目が内堀沿いと旭川沿いを中心の攻城に対して、今回の2回目の投稿は後楽園と本丸中心の攻城写真です。
立派な天守もいいですが、後楽園も綺麗です。時間のある方はこちらもぜひ、見学してみてはいかがでしょうか。

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Mt.stone

岡山城 (2020/11/07 訪問)

サンライズ出雲の旅、最後の城。城内で食べたパフェ、美味い。城と路面電車のある街、結構好き。

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概要

宇喜多直家から城を引き継いだ嫡子・秀家が高石垣を築き、不等辺五角形の天守台に金箔瓦を葺いた六階の天守を建てた。外壁の下見板張が黒漆塗だったことから「烏城」または「金烏城」とも呼ばれた。秀家の後に入城した小早川氏・池田氏も拡張整備し、本丸内では3期の石垣を観察できる。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 正平年間(1346〜1370)
築城者 上神高直?
主要城主 上神氏?、宇喜多氏、小早川氏、池田氏
文化財史跡区分 国重要文化財(月見櫓、西の丸西手櫓)、国史跡(岡山城跡)
近年の主な復元・整備 宇喜多秀家、小早川秀秋、池田忠雄
天守の現況・形態 複合式望楼型[4重6階/1597年築/焼失(空襲)]、複合式望楼型[4重6階/1966年築/RC造外観復元]
主な関連施設 天守、門、塀、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、櫓、石垣、横堀(空堀)、虎口
住所 岡山県岡山市北区丸の内
問い合わせ先 岡山城事務所
問い合わせ先電話番号 086-225-2096