甦れ 難攻不落の 熊本城
復興作業が続く熊本城。
しかし、現在復旧したのは写真の天守だけです。
その他の部分はまだ悲惨な姿をさらしたままです。
2022年 難攻不落!最強の城総選挙第1位。
よみがえってその雄姿をぜひまた見せてほしい
という気持ちを込めて詠みました!
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2023/03/24 18:59
【かるた】熊本城の読み札 (2023/03/24 訪問)
甦れ 難攻不落の 熊本城
復興作業が続く熊本城。
しかし、現在復旧したのは写真の天守だけです。
その他の部分はまだ悲惨な姿をさらしたままです。
2022年 難攻不落!最強の城総選挙第1位。
よみがえってその雄姿をぜひまた見せてほしい
という気持ちを込めて詠みました!
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2023/03/24 18:47
梨。 (2023/02/25 訪問)
『実は千葉県の白井市出身なの。』と、ずっと同じ東京の端っこ友だと思っていたのに、突然の告白。
『白井市にもお城、ある?』の問いに速答できず、後日『お城を探す』で確認。
千葉県白井市の「名内城」、こんな理由で攻めてきました。
『東光院』という お寺さんが「名内城」の一部のようです。ここまでの道、かなりグネグネして見通しが悪いです。
、、、お城の周りだからでしょうか?
車を『東光院』の前に止めて写真を写し退陣しました。
今は季節ではないので閑散としてましたが、梨の産地のようで、看板や幟が目に付きます。
千葉県は梨の産地、トップ3に入ってます。
『私は茨城県の親戚が送ってくれるので、千葉県のは食べてない。今度、梨を買いに来るのも良いかも。』
と「名内城」、置いてきぼり。
写真3枚で、白井市出身の友達に伝わるかな~と心配になった「名内城」攻めでした。
*毎度の脱線、すいません*
あっ、トクさん、私は『島左近』が好きですよ。
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2023/03/24 18:40
㉜【関ケ原の26人】(ちょっと休憩)
前半の15人が終わりました。
これまで読んでいただき大変ありがとうございます。
これから後半の11人が登場します。そして最後の26人目は私(トク)が選ぶ「関ケ原のMVP(最高殊勲武将)」です。それはいったい誰でしょうか? みなさんよければ予想してみて下さい。
ではその前にちょっと休憩をいただき、「熊本城の最新状況」などをお伝えしながら、4月中旬頃より後半11人へ続く予定にしております。また引き続きよろしくお願いします😊。
(0)前書き1(関ケ原古戦場記念館)
(0)前書き2(陣跡めぐり方法)
(1)小早川秀秋
(2)吉川広家
(3)福島正則(敢闘賞)
(4)織田秀信
(5)島左近
(6)京極高次(殊勲賞)
(7)細川忠興
(8)小西行長
(9)宇喜多秀家
(10)竹中重門
(11)鳥居元忠
(12)田中吉政(好プレー賞)
(13)平塚為広
(14)池田輝政
(15)加藤嘉明
(16)
(17)
(18)
(19)
(20)
(21)
(22)
(23)
(24)
(25)
(26)関ケ原のMVP(最高殊勲武将)はたして誰?🤔
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2023/03/24 18:13
【かるた】福山城の読み札 (2023/03/18 訪問)
白黒は つけずにツートン 福山城
令和の時代,白黒つけない中間的立ち位置(ご近所の姫路城[白]と岡山城[黒]を意識)で,リニューアルされたツートンカラーの天守を詠んでみました。
(「みんなの投稿」からもエントリーできるようになったんですね!)
※続け,常連の猛者たちよ!
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2023/03/24 18:00
【かるた】新発田城の読み札 (2021/08/21 訪問)
方角を 惑わす三シャチ 新発田城
敵の方向感覚を惑わす,稀有な三シャチを詠んでみました。
(「みんなの投稿」からもエントリーできるようになったんですね!)
※続け,常連の猛者たちよ!
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2023/03/24 17:50
【かるた】春日山城の読み札<城郭名修正済> (2016/06/18 訪問)
くびき野の 安寧見守る 春日山城
春日山城から眺望する「くびき野」と,山頂部に鎮座する「毘沙門堂」を詠んでみました。
(「みんなの投稿」からもエントリーできるようになったんですね!)
※続け,常連の猛者たちよ!
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2023/03/24 16:53
どうする正信 (2017/03/21 訪問)
三河を去った本多“松山”正信。しばしお別れですね。「伊賀越え」あたりでまたひょっこり顔を出してくれるでしょう。さて、話題はちょっと未来へ。
場所は相模国・玉縄城址(神奈川県鎌倉市)。北条早雲による築城、あるいはそれ以前から砦があったとされる平山城は小田原防衛ラインの一角。残念ながら、遺構の多くはマンション建設で破壊され、史跡指定も難しい状態だとか。通りすがりの私は革靴だったこともあり、今回は山登りも途中まで。
ご覧の通り、行政はもっぱら北条推し。場所柄、決して珍しくありません。故にあまり知られていませんが、この地は家康の関東移封後、本多正信 が拝領します。わずか2万石(1万石説も)。側近中の側近とは思えない少なさ。
正信はその後、一切の加増も望まなかったというのが多くの方が指摘するところ。他の三河家臣団と一線を画した大参謀と家康の関係はやはり特殊なようで、石高では測れない何かがあったのでしょうね。2人の関係性、最後まで丁寧に描かれることを期待したいと思います。
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2023/03/24 15:42
2023/03/24 07:21
2023/03/23 23:45
大きな空堀と土塁がよく残された城 (2023/03/05 訪問)
説明板によると築城時期は諸説ありますが、鎌倉時代に武士の館として使われ、関東の覇権をめぐる動乱期の1400年代初め頃に、現存する土塁と堀が拡充・再整備されたと推定されるとのことです。
青島判官恒儀が築城したと伝承もありますが、天長6年(829年)に没していることから、この伝承は考えにくいようです。
戦国期の後北条氏時代には山田伊賀守直安が城主であったとも伝わるそうです。
本郭は方形で南以外の東・北・西側は大きな空堀と土塁で囲まれてます。
ニの郭北側には、木が伐採され丸裸になったクランク状の巨大な土塁があり驚きました。
周囲は宅地や高速道路がある平城ですが、空堀と土塁がよく残された、なかなか良い城でした。
時間の都合で本郭、ニの郭北側の一部にしか行ってませんが、掲示されている縄張図から、二の郭・三の郭まで含めると広大な城域であったことが分かります。
この日、青島城の前に行った菅谷館と広い郭や縄張りが似ているように思えました。
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2023/03/23 23:20
2023/03/23 22:31
2023/03/23 22:25
丸子表の戦い (2023/03/22 訪問)
第1次上田合戦の時、丸子表の戦いの場所として知られる城です。依田川と内村川を天然の堀とする山城です。遊歩道が整備されています。丸子公園側より登城しました。各所に表示板があり散策の助けとなってくれます。2郭には模擬櫓が建てられていました。本郭には雨水を溜めて使用した井戸跡があります。堀切等は浅くなっていました。石積みがあったようですが見逃してしまいました。
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2023/03/23 22:09
2023/03/23 22:03
長城のようなプランが想定される (2022/11/12 訪問)
勝尾城砦群の東南端にあった最前線の城砦は、一部に石積みが施された土塁&空堀囲みの楕円形の主郭と、その主郭とは無関係に穿たれた長大な横堀とで構成されるエリア。谷全体を長城のように囲んで守る壮大なプランが想定される。
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2023/03/23 21:48
真田氏の支城 (2023/03/22 訪問)
真田信綱によって築かれたと伝わっています。眼下には真田本城が見えます。真田本城もしくは真田氏館を守るための支城と思われます。尾根の東に曲輪が展開して、主郭の西側は岩を削って作られたと思われる大堀切があり見ごたえがあります。所々に石積みも見られ、思ったより楽しく散策できました。
真田氏館跡から徒歩で行ける近くの集落に案内表示があり北赤井神社を経由して登城することができます。北赤井神社に案内板がありました。
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2023/03/23 21:30
2023/03/23 21:19
横尾采女正 (2023/03/22 訪問)
横尾氏が築いたとされる城です。横尾氏は村上義清に従い上田原合戦に参加しますが討ち死してしまい、その後、城は真田氏のものとなったようです。南に段郭を幾重にもめぐらして、背後を二重堀切と副郭により防御しています。ところどころに石積み、土塁等も見られました。ただ石積みが草でわかりにくかったり堀切の表示があっても埋まっていてほとんどわからない所もありました。登城路は整備されていて比較的歩きやすかった。
横尾バス停から北へ少し歩いて行くと古城緑地広場の案内表示がありそこを右へ曲がるとすぐに左手に尾引城(横尾城)の表示と案内板があります。登城口から約20分で主郭へいくことができます。
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2023/03/23 20:49
千葉城 (2023/03/22 訪問)
松代道と洗馬道が交わる要衝の地にあり、以前千葉(せんば)城と記載されている城ではないかといわれています。海野氏の一族である横尾氏が築いたといわれています。その後、真田氏が支城として改修したとのことです。山頂の主郭から南へ伸びた尾根に曲輪を配置して背後は堀切により防備を固めています。堀切は複数あると思いますが、最初の堀切が深さもあり見どころだと思います。
登城路は整備されていて歩きやすくなっています。登城口から尾根をひたすら登り約20分で主郭へは行くことができます。傍陽(そえひ)小学校が城館の跡地といわれています。
上田駅からバスに乗り傍陽バス停下車して登城しました。一番近いバス停は八幡前バス停だと思いますが本数も少なく傍陽バス停を利用しました。バス停から徒歩約15分で登城口へ行くことができます。
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2023/03/23 20:07
神西城 (2023/02/25 訪問)
【神西城】
<駐車場他>那賣佐(なめさ)神社参道入口前<35.314689, 132.700878>に駐車しました。
<交通手段>車
<感想>1泊2日尼子十旗攻城の旅5城目。第七の城、現地説明板によると神西城は1223年に相模国鎌倉から小野高通が地頭として出雲国神門郡の神西へと下向し神西氏を名乗り、この地に築城したようです。その後神西氏は十二代続き戦国時代には尼子氏に仕えます。尼子氏時代後期に仕えた神西元通は有名で尼子勝久と共に尼子氏再興を目指しましたが上月城の戦いで自刃しました。
登城ルートはいくつかあるようですが那賣佐神社からの最短ルートを選択しました。神社裏から竹林を通るルートの頂上が主郭で主郭は開けています。北側の眺望は良くて神西湖や出雲の町が見えます。主郭奥に△状の鉄パイプ組があって、その東側にかけて曲輪がありそうなのですが藪化がひどくよく分かりませんでした。主郭から北側にかけても竹林であまり曲輪らしき遺構は観察出来なかった。
<満足度>◆◇◇
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