かのうじょう

加納城

岐阜県岐阜市

別名 : (沓井城)
旧国名 : 美濃

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POYO58

石垣がすごい! (2021/12/26 訪問)

この城は大半が公園なっていました。しかし、巨大な右垣が残っていました。この城は関ヶ原の戦いで成果をあげた奥平氏の城です。

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カズサン

岐阜城天守が移築されたと伝わる城跡 (2013/07/06 訪問)

 平成25年7月墨俣一夜城を終えて北東の岐阜城城下加納の地に関ヶ原後岐阜城を廃して築城された加納城を初登城、以前岐阜城からぶらぶら歩いて加納城を目指したのですが辿り着かなかった思い出の有る城です。
 今回は車でナビを加納城跡本丸南虎口の駐車場に合わせ到着、同駐車場を利用。
 
 探訪は南門虎口から本丸に入り本丸石垣に囲まれてる内側の土塁を観察、北門虎口で加納城の案内解説板を撮影、じっくり読ましてもらい西側の石垣、堀跡広場をぐるっと回る、崩れてる所も有りますが素晴らしい石垣です、南門を過ぎて東に突き出てる外枡形構えの石垣も回れる所まで見学観察、戻って外枡形内側の土塁、石垣を上部から観察、外枡形の虎口から危うい水路を飛び越えて二の丸側に出る、住宅地の路地に成って居り東側の荒田川までは二の丸発掘調査現場に成って居り当時立ち入り禁止、北門から本丸内部に入り南門へ車の有る駐車場へ、大変有意義な探訪でした、北虎口の説明板に資料箱が有り「加納城跡の発掘」小冊子をゲット。
 
 岐阜城から移築されて天守は二の丸に三層の御三階櫓として建てられ本丸には天守閣は建てられなかったとの伝聞、築城者は家康の娘婿奥平氏10万石だったそうです。
 発掘調査されそれぞれの遺構の復元と櫓など建てられると良いのですが?

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石垣の石 (2021/06/18 訪問)

加納城の説明板に、「石垣の石は岐阜城から運んできた」とあり、また、石垣下に「岐阜市近郊の山で産するチャートの石垣」との説明板があります。二つの説明の間には、「岐阜城がある、金華山は、硬いチャートからなってなっていて、そそりたっている」という暗黙の了解があるのですなあ。
平野の中では、石は、現地調達できないことが多いので、どこからか運んでくることになります。美濃の城廻りの中で、大垣城の石垣にも興味津々。
石灰岩産地である伊吹山の山つながり南東端の金生山も石灰岩産地で、採石により、山の形が変わってしまってます。大垣城の北西5kmくらいのところにあります。大垣城レポートの城びと先達も大垣城石垣が石灰岩であり、化石が見られることを報告されています。石灰岩の特徴である、水で溶解した丸っこい凹凸も面白いです。

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小城小次郎

よくも悪くも、今も昔も印象は変わらない (2020/11/27 訪問)

「城をやる」の掲載が始まったばかりの2001年以来の訪問だったが、当時も今も印象はほとんど変わらない。国史跡のはずだが岐阜城が目立ちすぎるせいかここに城があることそのものが忘れ去られてしまっているかのよう。

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城郭情報

分類・構造 平城
天守構造 独立式層塔型御三階櫓[3重4階/1602年築/焼失(落雷)]
築城主 奥平信昌
築城年 慶長7年(1602)
主な城主 奥平氏、戸田氏、安藤氏、永井氏
廃城年 明治4年(1871)
遺構 曲輪、石垣、横堀
指定文化財 国史跡(加納城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 岐阜県岐阜市加納丸の内
問い合わせ先 岐阜市社会教育課
問い合わせ先電話番号 058-265-4141