「城びと初投稿いただきます」(ぴーかるさん投稿からのぱくり)ですが、登城道はなく、急な斜面をクリアしても遺構はほとんどないので、皆さん、敬遠されてたのかも。
麓に福知山線に加古川線が接続する谷川駅があり、山深いですが、昔から交通の要衝であったと思われます。
東麓の長慶院の裏手斜面に久下氏の祖重光の五輪塔、時重の顕彰碑があり、そこまでは手入れされていますが、その上の斜面10mほどをすすきかき分け登ります(古城盛衰記さん指南)。鹿が通ったとおぼしき痕を行きました。すすきが終わると杉植林地で、下草はないですが、倒木や落ちた枝が直登を拒みます。
尾根まで登って、左手の緩い傾斜を行くと、二ノ丸、次いで、本丸です。本丸の向こうに馬場があって、本丸と馬場の間を画する浅い堀切が残っています。城域全体は、北東に口を開け気味にしたコの字型で馬場の先のコの字の先端が三の丸と。ほとんど自然地形のままで、急斜面を利用しただけの守りと見えます。
ちなみに久下氏は鎌倉時代からの名門。丹波守護代であったことも。
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