日本100名城

やまがたじょう

山形城

山形県山形市

別名 : 霞城、霞ヶ城、吉字城
旧国名 : 出羽

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山形城
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ぎりょう

金箔瓦出土の城 (2026/06/14 訪問)

自身が所属する古文書を読む会の「移動研修会」、今年度は隣県山形市に。今回のメインの訪問地は山形城跡と最上義光歴史館です。今回も会員の約半数、38名の会員さんが参加しました。例年のごとく4月末に担当役員で下見会を実施し、最上義光歴史館さんを訪問し学芸員さんから、同館のサポータークラブ『義光会』さん、山形市観光ボランテイアガイド協会さんの紹介をいただきました。
訪問当日は山形城跡の発掘調査ご担当の市職員さんからも山形城跡のご説明、ボランテイアガイドさんからは最上義光歴史館の展示や、悲劇のヒロイン駒姫の供養塔がある専称寺をご説明をいただきました。
山形城は1986年に国史跡指定され、その翌年から遺跡整備を開始、発掘調査も進められて、段階的な復元整備が進められています。これまで二ノ丸東大手門、本丸一文字門、大手橋が復元され、城郭の景観が徐々によみがえっています。
発掘調査ご担当者さんからこれまでの発掘調査の成果をお話しいただいた中で、本丸跡からの金箔瓦出土の説明がありました。
金箔瓦は織田信長の安土城に始まり、その後権力を受け継いだ豊臣秀吉が大坂城や聚楽第、伏見城で用いて、権力誇示に利用したものです。山形城跡での出土は、当時、最上義光が豊臣秀吉の信認を得ていたことの証と考えられます。
城跡からの金箔瓦の出土は、南東北ではここ山形城、会津若松城、仙台城、現南相馬市に有った相馬氏の本拠地小高城の四ヵ所だけとことです。出土した金箔瓦は最上義光歴史館の山形城コーナーに展示されており、観ることができます。




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桜前線直撃の山形城 ②本丸・二の丸(霞城公園)編 (2026/04/07 訪問)

 三の丸をぐるぐる見学した後は、いよいよ霞城公園へ
 北側の二の丸北不明門より入城。公園内は見どころ盛りだくさんですが、それに加えて満開の桜まで出迎えてくれました。狙っていたわけではなかったのですが、訪問のタイミングが個人的に120点でした!!

①肴町向櫓台・屏風折れ土塀礎石・艮櫓台
 二の丸北側の土塁上を東に向かって進んで行くと、肴町向櫓台と艮櫓台が発掘調査に基づき、復元されています。特に艮櫓台は周囲を桜に包まれていて、最高の景色になっていました。桜の時期に来てよかった~!!
 艮櫓台の東側に屏風折れ土塀の礎石が整備されています!!
 山形城で実はいちばん楽しみにしていました。立派な説明板も設置されており、場所はわかりやすくなっていました。

②二の丸東大手門
 山形城のシンボルと言っても差し支えないですね。桝形構造の虎口となっていて、櫓門、続櫓、北櫓などで構成されています。さすが圧巻の規模。そして北櫓と桜のコントラストが完璧です~!!100名城スタンプは、東大手門内の受付で押印。東大手門の内部は無料で見学することができます。東大手門のそばには、最上義光の騎馬像があります。個人的に山形の戦国大名と言ったら最上の印象が強いですね。

③本丸 一文字門
 本丸は、明治に陸軍の歩兵32連隊が置かれ、埋められていたようですが、平成に入って復元がすすみ、土塁と空堀の一部と、一文字門の虎口が整備されています。一文字門は出桝形になっていて、高麗門、土塀、木橋が復元されています。本丸は今後も整備されていくようですので、とても楽しみです。

④二の丸西不明門・三階櫓跡
 西不明門は、二の丸の他の虎口と比べると規模はコンパクトな桝形虎口です。でも土塁上から横矢視点で見学でき、石垣そばに良いアングルで桜が植えられているので、最高でした!!
 西不明門の北にある三階櫓跡は、説明板などは整備されていませんが、立派な櫓台が残されています。他の櫓台では整備が進んでいるため、今後に期待したいですね!!

⑤二の丸南大手門・坤櫓台・巽櫓台
 二の丸南大手門跡も虎口に重点的に石垣を用いるスタイルです。二の丸の南側の両端には坤櫓台、巽櫓台も復元されています。巽櫓台には、巽櫓あるじゃないですか~!!
イベントの時限定なのか、常設なのかよくわからないですけど、こういうのは嫌いじゃないです。

今回、三の丸を含めトータルで3時間くらい見学しましたが、桜は満開、城も素晴らしく大満喫できました。
最上義光歴史館は時間の兼ね合いで寄れなかったので、再訪した際は絶対に行こうと思います。

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桜前線直撃の山形城 ①三の丸編 (2026/04/07 訪問)

米沢で一泊後、奥羽本線を北上し、山形駅に到着。山形城に向かいました。
山形城は、全国屈指の広大な面積を誇る平城で、山形駅も山形城の三の丸のなかにすっぽり入っているようです。まずは、市街地に残る三の丸遺構の見学に向かいました。

①歌懸稲荷神社 土塁・空堀
山形駅東口から東に徒歩7分。ビルが立ち並ぶなかに突然、土塁が現れて、おーって唸っちゃいました。かなり高さもあり、土塁の土留め用かは分かりませんが、石積みも確認できました。歌懸稲荷神社側にまわって神社を参拝し、本殿の脇へ。本殿の脇に見学用のスペースがあり、「山形城三の丸跡」の石碑と、土塁と空堀を見学できます。

②五日町踏切東側の土塁
歌懸稲荷神社から南西に徒歩15分。住宅地の中に残存していました。説明板などは設置されていません。土塁上には、桜の木が植えられており、満開となっていました。

③双葉公園 三の丸塁濠跡
五日町踏切そばの土塁から北西に徒歩9分。線路を越えて、山形駅の西側にある公園です。三の丸の稲荷口にあたる部分で、城塁と水堀の名残が残されています。公園の南側には説明板が設置されています。説明板によると昭和四八年(1973)までは、水堀が残っていたみたいです。

④財部稲荷大明神 
双葉公園から北に徒歩17分。三の丸小田口跡にあたり、標柱が設置され、御由緒の説明板で山形城の三の丸について記載されています。小田口には、近藤壱岐守が配置され、えんしょう倉(火薬庫)が設置されていたようです。その守護神として財部稲荷大明神を土塁上に祀ったとのことです。火薬庫があったことから火の神も合祀されているようです。

⑤みつばち公園 堀跡
財部稲荷大明神から北東に徒歩11分。山形市立第七小学校の北側にあります。三の丸堀跡が公園になっており、標柱が設置されています。堀は残念ながら埋められてしまったようですが、満開の桜のトンネルが堀跡を彩っていました!!

本丸・二の丸編へつづく

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足軽クロックス

山形城

山形城跡本丸一文字門大手橋

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概要

斯波氏の居城を江戸時代初期に最上義光が拡張。本丸を二の丸・三の丸が同心円状に囲む、輪郭式の城へと整備された。土塁と水堀によって城の守りが固められ、藩政期から残る二の丸の堀と土塁、さらに4つの内桝形の虎口からその構造がよく分かる。近世城郭の桝形門の典型である二の丸東大手門は復元されたもの。

城郭情報

城地種類 輪郭式平城
築城年代 正平11年〔北朝〕/延文元年〔南朝〕(1356)
築城者 斯波兼頼
主要城主 最上氏、鳥居氏、堀田氏、秋元氏
文化財史跡区分 国史跡(山形城跡)
近年の主な復元・整備 最上義光、鳥居忠政
天守の現況・形態 御三階櫓[3重3層/1622年築?/破却]
主な関連施設 二の丸東大手門、大手橋、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(空堀)、移築門、移築御殿
住所 山形県山形市霞城町1(霞城公園)
問い合わせ先 山形市観光協会
問い合わせ先電話番号 023-647-2266