自身が所属する古文書を読む会の「移動研修会」、今年度は隣県山形市に。今回のメインの訪問地は山形城跡と最上義光歴史館です。今回も会員の約半数、38名の会員さんが参加しました。例年のごとく4月末に担当役員で下見会を実施し、最上義光歴史館さんを訪問し学芸員さんから、同館のサポータークラブ『義光会』さん、山形市観光ボランテイアガイド協会さんの紹介をいただきました。
訪問当日は山形城跡の発掘調査ご担当の市職員さんからも山形城跡のご説明、ボランテイアガイドさんからは最上義光歴史館の展示や、悲劇のヒロイン駒姫の供養塔がある専称寺をご説明をいただきました。
山形城は1986年に国史跡指定され、その翌年から遺跡整備を開始、発掘調査も進められて、段階的な復元整備が進められています。これまで二ノ丸東大手門、本丸一文字門、大手橋が復元され、城郭の景観が徐々によみがえっています。
発掘調査ご担当者さんからこれまでの発掘調査の成果をお話しいただいた中で、本丸跡からの金箔瓦出土の説明がありました。
金箔瓦は織田信長の安土城に始まり、その後権力を受け継いだ豊臣秀吉が大坂城や聚楽第、伏見城で用いて、権力誇示に利用したものです。山形城跡での出土は、当時、最上義光が豊臣秀吉の信認を得ていたことの証と考えられます。
城跡からの金箔瓦の出土は、南東北ではここ山形城、会津若松城、仙台城、現南相馬市に有った相馬氏の本拠地小高城の四ヵ所だけとことです。出土した金箔瓦は最上義光歴史館の山形城コーナーに展示されており、観ることができます。
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