日本100名城

やまがたじょう

山形城

山形県山形市

別名 : 霞城、霞ヶ城、吉字城
旧国名 : 出羽

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山形城
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ニコ・ロビン

100名城の10( ・᷄ㅂ・᷅)山形城🏯 (2024/04/23 訪問)

奥州の名城山形城🏯
大きいと思ったけど、姫路よりも広い面積全国5位らしい( ・᷄ㅂ・᷅)なるほど
歩くだけで大変だ
最上の城( ・᷄ㅂ・᷅)凄いな
慶長出羽合戦の本城に相応しいな!この大きさは
お昼は、食べてみたかった名物鳥そばの名店
山形一寸亭🐔コリコリと固めの鳥と蕎麦の相性が良く、コレは美味い

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影武者

山形城 (2026/08/10 訪問)

山形城攻め

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山形県の名城巡り2つ目は (2026/07/19 訪問)

毎月、一つの都道府県の名城を巡る旅も、今回で5回目で、すっかり私のライフワークとして定着しました。
前日に続いて この日も雨の予報でしたが何とかギリギリ耐えてくれました~。
ということで山形の2つめ(午前の部)は、山形で唯一「日本100名城」に名を連ねている山形城です。
駅から近く「山形城跡」として国指定史跡にもなっています。
城跡も含めた広大な霞城公園の中には最上義光歴史館もあり、御城印や100名城スタンプは、ここで購入・押印できます。

今回も貼った写真に沿って簡単な説明をしていきたいと思います。
「続きを読む」と「すべての写真を見る」の両方を開いてもらえば、写真を見ながら説明を読めるので便利です。

① 最初は恒例の御城印です。上部には最上家の家紋「最上紅花紋(丸に二本引き)」下部には山形城内の最上義光像のシルエットが描かれています。
② 山形城の中で特に印象に残る最上義光公の騎馬像です。その躍動感溢れるダイナミックな姿に圧倒されました。
③ 山形城の顔とも言うべき「二ノ丸東大手門」と大手橋を正面から撮った写真です。堀を渡る大手橋の奥には見事な石垣を備える白壁の櫓門が構え圧倒的なスケール感を醸し出してます。この門は高麗門形式だそうです。
④ 2枚目の「二の丸東大手門」を手前の橋の上からグ~ッと寄って撮りました。門の間から正面に見える桝形の石垣と白壁がいい感じですね♪
⑤ 4枚目と同じ橋の上から櫓、石垣、堀、橋の擬宝珠(ぎぼし)を同じ構図に入れるのに苦労しました。やはり櫓門は映えますね。
⑥ 二の丸東大手門をくぐると山形城の名所ともいえる門内の広い桝形です。左に見えるのが外側から入ってくる東大手門(櫓門)、右側と奥を囲んでいる白壁と頑強な石垣が二の丸の桝形空間の防御構造になります。
⑦ 東大手門の桝形から外に出た所にある「本丸御殿広場」から門を斜め正面に見た構図です。中央に大きな門があり その左右に長く多聞櫓と土塀が連なっていて広い前庭と長い多聞櫓のスケール感が気に入ってます。
⑧ 本丸外郭の空堀に降りて撮りました。左が本丸側の高い石垣、右の盛り土の土塁は二の丸側です。堀底の芝生がきれいに刈られていて美しい構図です。
⑨ 山形城本丸へ渡る大手門から撮った「本丸一文字門」(近年復元)です。門の奥に本丸内側の塀が見えています。
⑩ 山形城本丸の「東大手門(復元門)」と、その前にかかる木橋、本丸の隅石垣を横から見た構図です。

前日に訪れた鶴ケ岡城のスタンプを押し忘れたため早朝3時間掛けて鶴ケ岡城を往復するため、山形城は予定していた半分の時間しか使えず慌ただしく回ることになり残念でした (;´д`)トホホ

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ぎりょう

金箔瓦出土の城 (2026/06/14 訪問)

自身が所属する古文書を読む会の「移動研修会」、今年度は隣県山形市に。今回のメインの訪問地は山形城跡と最上義光歴史館です。今回も会員の約半数、38名の会員さんが参加しました。例年のごとく4月末に担当役員で下見会を実施し、最上義光歴史館さんを訪問し学芸員さんから、同館のサポータークラブ『義光会』さん、山形市観光ボランテイアガイド協会さんの紹介をいただきました。
訪問当日は山形城跡の発掘調査ご担当の市職員さんからも山形城跡のご説明、ボランテイアガイドさんからは最上義光歴史館の展示や、悲劇のヒロイン駒姫の供養塔がある専称寺をご説明をいただきました。
山形城は1986年に国史跡指定され、その翌年から遺跡整備を開始、発掘調査も進められて、段階的な復元整備が進められています。これまで二ノ丸東大手門、本丸一文字門、大手橋が復元され、城郭の景観が徐々によみがえっています。
発掘調査ご担当者さんからこれまでの発掘調査の成果をお話しいただいた中で、本丸跡からの金箔瓦出土の説明がありました。
金箔瓦は織田信長の安土城に始まり、その後権力を受け継いだ豊臣秀吉が大坂城や聚楽第、伏見城で用いて、権力誇示に利用したものです。山形城跡での出土は、当時、最上義光が豊臣秀吉の信認を得ていたことの証と考えられます。
城跡からの金箔瓦の出土は、南東北ではここ山形城、会津若松城、仙台城、現南相馬市に有った相馬氏の本拠地小高城の四ヵ所だけとことです。出土した金箔瓦は最上義光歴史館の山形城コーナーに展示されており、観ることができます。




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概要

斯波氏の居城を江戸時代初期に最上義光が拡張。本丸を二の丸・三の丸が同心円状に囲む、輪郭式の城へと整備された。土塁と水堀によって城の守りが固められ、藩政期から残る二の丸の堀と土塁、さらに4つの内桝形の虎口からその構造がよく分かる。近世城郭の桝形門の典型である二の丸東大手門は復元されたもの。

城郭情報

城地種類 輪郭式平城
築城年代 正平11年〔北朝〕/延文元年〔南朝〕(1356)
築城者 斯波兼頼
主要城主 最上氏、鳥居氏、堀田氏、秋元氏
文化財史跡区分 国史跡(山形城跡)
近年の主な復元・整備 最上義光、鳥居忠政
天守の現況・形態 御三階櫓[3重3層/1622年築?/破却]
主な関連施設 二の丸東大手門、大手橋、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(空堀)、移築門、移築御殿
住所 山形県山形市霞城町1(霞城公園)
問い合わせ先 山形市観光協会
問い合わせ先電話番号 023-647-2266