以前より気に成り登城予定に入れて居りました、城郭放浪記さんの令和5年1月登城履歴に載り岩津城が更新され、写真も追加更新されており拝見すると竹林、樹木の伐採整備が成され見学探訪し易く成ってる様に見受けましたので早速初登城しました。
住所:愛知県岡崎市岩津町字東山
駐車場:岩津天満宮乗用車駐車場利用(岡崎市岩津町東山52-4)(35°0'17"N 137°10'36"E)
案内、情報、縄張図は城郭放浪さんとグーグルマップに依ります。
駐車場が岩津天満宮の南真下でしたので、先ずは参拝させて頂きました、時期的に合格祈願参拝の家族お子さん連れが多く参拝されて居ました。岩津天満宮からは岩津城が下に低く見えます。
登城口は天満宮下の鳥居から東名高速に架かる橋を西に渡り、北から登って来る道と交差して直ぐの山手に登城口があります、案内看板、縄張俯瞰図、ストックも準備されて居ます。比高は50mと出て居ましたが20m位、丁度降りてこられた方に伺うと比高50mは下の集落からの高さですと、岩津城を整備管理推進されている方の様でした、若干会話して情報を頂く。
城郭放浪記さんの縄張図を見ながら探訪開始、横堀2を観ながら曲輪Ⅱへここは馬出の様、曲輪Ⅲを見渡して、主郭曲輪Ⅰの土橋へ結構長い、左右の空堀は深くて広い、主郭曲輪Ⅰの虎口と左右に土塁、左の西側土塁は高く城名石碑が建っている、主郭中央に岩津城の解説文がケースに入って掲示されている、また大きめ透明プラボトルに岩津城案内解説の1枚チラシが丸まって入ってる、1枚頂く。
主郭北西側に曲輪Ⅳ、曲輪Ⅳ西から横堀1を見下ろす、曲輪Ⅳの西下に曲輪Ⅴ、南西下に集落が有りチラシの解説によると他集宅地に成って居るが元は岩津城の南西部城域だったそうです。横堀下辺りから別の登城口が有り集落に降りる。
東面は東名高速と成り岩津天満宮に成ります。
南東角の登城口からは比高も低く、竹林、樹木伐採整備されて大変見やすく歩き易く成って居ります、整備は3月末まで続くようです。
歴史的には1400年代初頭、松平泰親(2代)、信光(3代)によって築城し三河の田園地帯進出を狙ったのでしょうか?信光は18松平の祖と成って居り松平繫栄の基を築いたようです。岩津城から安城城攻略進出、宗家安城松平氏へ。
家康桶狭間合戦後の三河統一、本能寺の乱以後の秀吉との対立で岩津城は改修されて現在の城郭構造になったようです。(案内チラシによる)
数年前より何時か登城へと思って居た願いが叶い、また素晴らしい山城を探訪出来、地元「岩津松平輝きの600年」推進懇話会さん、何時もの城郭放浪記さんに感謝申し上げます。
写真は50枚くらい撮りましたが中々絞り切れませんが10枚投稿します。
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