本川越駅から徒歩15分。
本丸御殿は当時を創造できる作りが確認できました。
中門も見て小江戸を散策。凄い人の数、必ず1度は訪れたい所ですね。
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2026/02/21 23:18
2026/02/15 16:31
河越夜戦跡の巻。 (2026/01/17 訪問)
「川越城」から少し北に『東明寺』があり、『河越夜戦跡』の石碑があります。
『河越夜戦』とは北条VS山内上杉氏・扇谷上杉氏・足利氏連合軍の戦いで、絶体絶命の北条家が奇襲により勝利した戦いです。
日本三大奇襲にも数えられてます。
日本三大奇襲は『厳島の戦い』『桶狭間の戦い』そして『河越夜戦』です。
地味ーーー。『河越夜戦』、知らない人の方が多い気がします。他の2つの戦いは教科書にも載っているのに。
とはいえ、時代が違えばお手本にしたい戦法で、時代が違えば卑怯な戦法なのかもしれません。
写真を写し退陣しようと車へ。
自宅に向かうようナビに入力すると、川越市の蔵通りを通させました。人人人人人人で大賑わい。小さい車は更に小さくなって、ユルユルと進みました。
帰って来て図書館で『河越夜戦』が登場する本を探していたら『足利兄弟』があり、こちらに変更。後ろの本の著者は大森兄弟。
とりあえず、2冊とも大河ドラマ『豊臣兄弟!』に対抗して借りてみました。
琵琶湖の水位が低くなり「坂本城」の幻の石垣が姿を見せました。
東京の端っこは奥多摩にあるダム湖に水を頼ってます。ドライブがてら見に行くと、見たことのない水位になってました。
誰かの館跡とかあるかな?なんて思った自分を反省しました。
河越夜戦では、両上杉氏・足利連合軍の飲料水不足、周りの湿地帯やたくさんの川が勝敗を決めたという説もあります。
いつの時代も『水』は大切だと再確認した『河越夜戦跡』攻めでした。
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2026/02/11 16:56
小江戸散策 (2024/12/16 訪問)
東武・JR川越駅から徒歩30分。約7年ぶり3度目の登城。今回は、川越城と喜多院の江戸城の移築御殿を目当てに訪れました。
城に向かう前に喜多院を参拝。喜多院は天台宗の寺院で、南光坊天海が住職を務めた時期もあるようです。その誼で江戸城の御殿の一部が移築されたとのこと。
移築御殿の建造物内の撮影は禁止でしたが、春日局のお化粧の間や、徳川家光公誕生の間など歴史的価値が高いスポットで、めちゃくちゃ感動しました。
喜多院を後にして、本題の川越城へ。喜多院側から向かうと道中に富士見櫓の櫓台が残存しています。櫓台のそばには、南内門の跡もあり、石碑が建っています。
富士見櫓跡から北に進み、三芳野神社へ。神社の南東側と本殿の後方に土塁が残存していました。
神社の本殿と土塁の間を抜けると、お待ちかねの本丸御殿に着きます。
本丸御殿単体の入場料は100円!!令和の世にこの値段は破格です。100名城スタンプは受付の方に声をかけると出してくれます。館内の展示も充実していて、家臣詰所では藩士の人形の展示もあります。
本丸御殿を見学後、本丸西側の中ノ門堀と大手門跡(川越市役所)を見学。大手門跡(市役所)まで行くと、有名な"時の鐘"までは、徒歩5分ほどの距離のため、せっかくなので、足を延ばしてみました。時の鐘周辺は人気観光地ということで、観光客でいっぱいでしたが、小江戸の雰囲気満載の景観で、歩くだけでも十分楽しめました。
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扇谷上杉氏の家宰である太田道真・道灌父子が築城。江戸の背後を守る役割として川越城を重視した徳川家康は譜代の家臣を入城させ、近世城郭として大規模な拡張整備を施した。豪壮な大唐破風屋根の車寄が目を引く本丸御殿が現存し、その棟続きに家老詰所が移築復元されている。
| 城地種類 | 連郭式平山城 |
|---|---|
| 築城年代 | 長禄元年(1457) |
| 築城者 | 太田道真、太田道灌 |
| 主要城主 | 扇谷上杉氏、後北条氏、酒井氏、堀田氏、長沢松平氏 |
| 文化財史跡区分 | 県有形文化財(川越城本丸御殿)、県史跡 |
| 近年の主な復元・整備 | 松平(長沢)信綱 |
| 主な関連施設 | 石碑、説明板 |
| 主な遺構 | 堀、土塁、御殿、移築物3棟 |
| 住所 | 埼玉県川越市郭町2他 |
|---|---|
| 問い合わせ先 | 川越市産業観光部観光課観光推進担当 |
| 問い合わせ先電話番号 | 049-224-5940 |