上山城攻め
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2026/08/29 12:00
2025/08/02 11:21
中は口に上下のたて線を貫く (2015/05/03 訪問)
上山城は応永年間の初期に羽州探題の斯波兼頼の曾孫・里見満長が虚空蔵山に城を築いたのが始まりとされています。天文4年(1535)に伊達稙宗に奪われた城を満長の孫・武衛義忠が奪還し、新たにこの天神森に城を築いて月岡城と称したようです。
寛永6年に紫衣事件によって沢庵禅師が流されてきて、藩主土岐頼行は松山の高台に庵を建て手厚く向かい入れました。和尚は庵を「春雨庵」と名付け三年をここで過ごしています。藩主や家臣らと親交を行い茶の湯の手ほどきを行った他、松川に沢庵堰を築くための指導もしていると伝わります。
春雨をネットで見ると別のモノばかり出てきますが、天気の方は一時的なもので心地よささえ感じます。和尚にとって上山での三年は春雨のように有意義な時間であったと思います。
他にも館内には地元の出身力士・出羽ヶ嶽文次郎の等身大の銅像があり、非常にインパクトがあります。
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2025/04/06 14:38
| 分類・構造 | 平山城 |
|---|---|
| 天守構造 | 型式不明[3重?/築年不明/破却(廃城令)]、独立式望楼型[3重5階/1982年築/RC造模擬] |
| 築城主 | 武衛義忠 |
| 築城年 | 天文4年(1535) |
| 主な改修者 | 松平(能見)重忠 |
| 主な城主 | 上山氏、小簗川氏(伊達氏家臣)、武衛氏、里見民部(最上氏家臣)、能見松平氏、蒲生氏、土岐氏、金森氏、藤井松平氏 |
| 廃城年 | 明治6年(1873) |
| 遺構 | 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀) |
| 指定文化財 | 市史跡(上山城跡) |
| 再建造物 | 模擬天守、石碑、説明板 |
| 住所 | 山形県上山市元城内3-7(月岡公園) |
| 問い合わせ先 | 上山城管理公社 |
| 問い合わせ先電話番号 | 023-673-3660 |