大給城は標高204mの山頂に築かれた山城です。城郭規模は東西220m、南北280mと大きく、城の遺構は比較的よく残っており、この地方を代表する山城です。山上部には巨大な花崗岩が露出し険しい地形と共に自然の防塁となっています。
大給城は、大給松平氏の本城で、松平宗家4代親忠の次男、乗元が大給松平の初代となっており、2代乗正の時、1506年から1510年の4年かけて城の改修が行われ、現在の形が出来たものと考えられています。
1590年6代家乗の時、徳川家康公の関東移封に従い、大給城は廃城になっています。
大給城の全国的に稀な遺構としてあげられるのが「水の手曲輪」です。石で固められた砂防ダムのような形で取水口を設けた谷を石垣で塞いで、敵の侵入を防ぐ水堀の役割と、城内に水を貯えるための小さなダムの役割をしていたと考えられています。
1510年頃にこれだけの築城技術があったのかと、驚かれされます。Σ(・□・;)
登城口に3~4台程駐車できる駐車場が2箇所あり、計10台程駐車できますが、トイレはありません。駐車場から山上の主郭まで歩いて20分程です。1590年に廃城になったとされる大給城は、比較的よく保存されており、戦国後期の山城の姿をよく知ることが出来る山城です。西三河に来られた際は、是非とも行って頂きたいお勧めの城跡です。
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