織田信長の父信秀が、信長に那古野城を譲り、東南方の今川方に備えるため築城して移り本拠とした平城で、四方を二重の堀で囲まれていたとされます。
信長は古渡城にて13歳で元服したといわれます。
古渡城跡地には東別院(真宗大谷派名古屋別院)が建てられており、山門や本堂など立派です。
境内には城の遺構は何も残されていませんが、山門を入った西側に城趾碑があります。
城趾碑の南側・南西側に大きな石が多くあります。
城跡は名古屋城築城の時に石置き場だったともされ、その残石と思われる刻印や矢穴がある石がいくつか見られます。
東隣りには下茶屋公園があります。
公園の説明板には、尾張名所図会の「東本願寺 掛所」に「古渡古城天守臺址」と記入されていると書かれ、東別院に掲示されているその絵図を見ると確かに右上の北東側にそのように描かれており、公園も古渡城跡地であることが分かります。
公園内には、堀を利用して作られたとされる庭園の池、土壇状があり、城跡らしい雰囲気が感じられます。
公園の東側にも残石があり、石についての説明板が設置されていて、一の刻印と矢穴が見られます。
東別院の北側、公園の北側・東側は高低差があり、周囲より少し高いことが分かります。
3年ぶりに再訪しましたが、新たに分かったこともあり、刻印や矢穴の石を探すのが楽しかったです。
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