(16人目)黒田長政(中津城)の続きです。
関ケ原から話はちょっとそれますが、中津城の石垣の話をちょっとさせて下さい。まずは有名なYの石垣から。ではここで問題です!
【問題】
中津城の北面では、2つの異なった石垣が見られる事で有名です(写真①)。Yの部分を境に右と左で異なった石垣である事がお分かりになると思います。どちらが最初の築いた黒田官兵衛の石垣で、どちらが後に入った細川忠興の石垣でしょうか?🤔
【解答】
右の四角く削って整えた方が黒田の石垣、左の一見雑に野面風に積んでいる方が細川の石垣です。何か時代的に見て逆のような気もしますが、黒田時代の石垣は、川の上流にある7世紀の古代遺跡「唐原山城」の神籠石にあった角を削られた石をそのまま使ったのでこのようになったそうです(写真③)。
この他にも、城の西側(川沿い)にある黒田時代の石垣にはL字型の切り込みが入っているところがたくさんあります(写真②)。ここも唐原山にあった石を使っているようです。この不思議なL字が何を意味するのか? 実は私もわかりません😩すいません(説明写真④⑤)
次は中津城の中でも私の好きな石垣の話です。
(中津城:黒田の石垣2)へ続きます。
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