きつきじょう

杵築城

大分県杵築市

別名 : 木付城、勝山城、台山城、臥牛城
旧国名 : 豊後

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刑部

城下町が魅力 (2022/05/03 訪問)

ここは遠方から見る方がいいですね!城郭の遺構は整備されてて不明ですが、城下町は本当に素晴らしく歩いてるだけで満足でした。お城だけを観て終わらず必ず城下町を散策してください!

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カズサン

木付から杵築へ名称が変わる (2009/06/10 訪問)

 杵築城へは中津城を終えてレンタカーで移動し杵築城手前の専用駐車場を利用、模擬天守閣も有り以前より訪ねたいと思って居りました、今回の4泊5日大分県宮崎県城廻り探訪の2城目です。
 小雨降ったり止んだりの中登城、小雨、城中は木も茂り葉も茂り中々良い写真が撮れない、駐車場から城門を潜り天守曲輪、天守閣に登る、天守からの眺め、遠く城下、八坂川、杵築大橋から先は河口の干潟が広がり別府湾豊後水道側の海に繋がる、雨も降り坂の町杵築は勘定場の坂を下から眺めて終わる。

 木付城は半島状に海に突き出た元岩盤小島を城として木付氏が築き大友氏と共に滅び城主が以後移り変わり細川氏の時代に重臣松井氏が城主にこの時代に宮本武蔵が寄ってたのではの伝聞あり、小笠原氏、松平氏と代わり松平氏の時代正徳2年(1712年)6代将軍徳川家宣の朱印状に木付が杵築と誤記された事から以後、杵築と成ったとの事。(城内案内板抜粋)
 城内が狭く西の台地に侍屋敷を構え坂の町杵築が作られ武家屋敷が良く残ってる、昭和45年には模擬天守閣が建てられ資料館、岩盤の上に天守閣が各方位から眺められ風景に溶け込んでいる。

 余談ですが NHKドラマの「陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙から」で豊後関前藩が磐音が帰路関前藩を峠から眺めるCGの海に浮かぶ城郭は何処かなと想像すると、杵築城か臼杵城かと思い悩ますのですが父国家老のロケーションを考えると杵築の武家屋敷の様に思えるのですが、如何でしょうか?

 

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ryu

杵築城(2007年) (2007/11/03 訪問)

模擬天守からの展望がよい。城址を見た後、北台、南台武家屋敷を巡る。城下町は、南北の二つの高台に武家屋敷が立ち並び、その谷間に商人の町が細長く続くサンドイッチ型城下町で風情がある。

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ぴーかる

杵築城 (2020/11/29 訪問)

【杵築城】
<駐車場他>城跡無料駐車場あり。
<交通手段>車

<見所>石垣
<感想>2泊3日豊後国百・続百名城攻城の旅ラストの8城目。城跡は公園化されています。石垣が所々にありますが、当時のか、発掘復元なのか、現代の積み直しなのかがよくわからない。17世紀初めには廃城となり、麓に居館武家屋敷が発展したところなので、ほとんどの石を麓に降ろしてしまっているかもしれません。天守台の石垣は残っているらしい。本丸跡に磨崖仏・宝篋印塔・庚申塔などが無造作に並べられている。城跡の遺構説明がもう少しほしかったお城でした。麓の武家屋敷跡がメインとのことでしたが、時間の関係で行けなかった。

 豊後国の旅はこれにて終了。2泊3日の駆け足でほぼ百・続百名城を流す程度しか見れなかったが、予定通り見学でき、期待以上の満足感、カメラの故障も3日目の小難(これが1日目だったら超最悪)で済んで良かった。

<満足度>◆◆◇

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城郭情報

分類・構造 連郭式平山城
天守構造 型式不明[階層不明/1591年築/焼失(落雷)]、独立式望楼型[3層3階/1970年築/RC造模擬]
築城主 木付頼直
築城年 明徳4年(1393)
主な城主 木付氏、前田氏、杉原氏、細川氏、小笠原氏、松平氏
廃城年 明治4年(1871)
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切、横堀(水堀)
指定文化財 国史跡(杵築城跡)
再建造物 模擬天守、石碑、説明板
住所 大分県杵築市杵築35
問い合わせ先 杵築城
問い合わせ先電話番号 0978-62-4532