織田信長や徳川家康関連の本を読んでいるとメジャーな戦いではありませんが、「小豆坂の戦い」がよく出てきます。場所は愛知県岡崎市です。有名なのは織田信秀と今川義元の戦いで通説では2回あったとされています。
第1次合戦 天文11年(1542年)
このときに「小豆坂の七本槍」の活躍で織田方が勝利したと伝わっています。ただこの合戦はなかったのではないかともいわれています。
第2次合戦 天文17年(1548年)
このときの今川方の大将は太源雪斎であったといわれています。このときは今川方が勝利しています。
織田対今川の小豆坂の合戦について不明なことも多く、合戦は1度だけだった、松平広忠は第2次合戦のときは織田方であったなど諸説ありわかっていないことも多いようです。
小豆坂の七本槍とは 織田信光、織田信房、岡田重能、佐々政次、佐々孫介、中野一安、下方貞清の織田方の7人といわれています。織田信光は信秀の弟、つまり信長の叔父で守山城主、佐々政次、孫助は佐々成政の兄であったことはわかりますが、不勉強で他の武将は知りませんでした。7名の兵が休息時に各々の槍を立てた松が、この場所にあったと言われ槍立松の碑が立てられています。
またここは永禄7年、徳川家康が三河一向一揆と戦った地と伝わっています。
岡崎城の最寄り駅である名鉄「東岡崎駅」の隣の駅である「男川駅」から南へ徒歩約10分の場所に小豆坂古戦場の石碑等が立てられています。
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