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にのまる

備前丸~上山里曲輪 (2022/06/10 訪問)

天守群内の見学を終えて備前丸へ。見上げる大天守、離れて見ないと視界に入りきりません。
天守のある姫山は高さ45.6メートル。天守台(高さ14.8メートル)と大天守(高さ31.5メートル)を合わせた高さは46.3メートル。
偶然ではないように感じるこの数字の近さに天守群をより大きく見せる何かがあるのではないかと思ったり、周囲に巡っていたであろう土塀や櫓を思い描いたり、この広場にはどんな建物があったのだろうかなど想像しながら過ごしました。
天守台石垣から突き出たように見え、備前門と繋がる折廻り櫓。真壁造りの意匠が引き締まって見えました。
備前門には大きな石棺が。石棺らしき石、転用石だろう石は各所にありました。
備前門を出ると、ちの門・旧番所・井戸櫓(井郭櫓)・帯の櫓・帯郭櫓・太鼓櫓北方土塀・太鼓櫓とたくさんの見どころがあります。先ほどの備前丸でのゆったりした気持ちから情報インプット態勢に切り替えて臨みました。搦手方面から石垣の上のこのあたりを見上げていたのが随分前のような気がしました。
上山里曲輪にはお菊井戸、時代の異なる三体の鯱瓦展示など。ぬの門から出ようとすると横の石段に刻印石。外側では人面石なる石も。そしてをの門跡を通って三国堀に戻ってきました(‘◇’)ゞ

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小城小次郎

なんとも言えない雰囲気がある (2022/05/01 訪問)

武田に追われ絶対絶命の窮地にあった諏訪頼重が最後に立て籠もったのは本城の上原城ではなく支城の桑原城。道を間違えて別の山に登ったりと散々な登城だったが雨に煙る桑原城にはなんともいえぬ雰囲気があった。

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カズサン

現存本丸二階櫓 (2005/01/08 訪問)

 駿河田中城は同心円状の輪郭式城郭として全国唯一の城郭です、また明治に民間払い下げされてた本丸櫓が民間から藤枝市に寄贈されて平成8年(1996年)田中城下屋敷整備に合わせ本丸二階櫓が下屋敷公園に移築されました、同時に仲間部屋・厩、茶室、長楽寺村郷蔵も納まって居り庭園も整備され綺麗に整って居ます。本丸跡と下屋敷の距離は本丸から南東に約400m程。
 駐車場は田中城下屋敷駐車場(静岡県藤枝市田中3丁目15)として北東に隣接、50台位は可能、徒歩ではJR西焼津駅から北北西に約1.7km程です。
 藤枝博物館には田中城のコーナーが常設されて居ますので時間が有れが寄って見て下さい、駐車場完備、隣接の公園が綺麗です。

 17年前の平成17年1月上旬、まだ移設されてた本丸二階櫓を見学して居なかったので、ふらっと車で出掛けました、移築二階櫓に登り、整備された公園の移築建物、庭園と見学、デジカメに残っていた写真を投稿します。

 田中城をグーグルマップの航空写真で見ると田中城跡が同心円状に3,4重になってる様が良く分かります。
 

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侍ホリタン

天下普請の名城を訪ねて (2022/03/06 訪問)

JR篠山口駅からは距離があるのでバスを利用する事になります。二階町バス停下車徒歩5分です。徳川家康公が大阪城の豊臣氏の戦いに備えて西国の大名に命じ、1年足らずで築いた城です。天守台石垣は迫力あります。天守台からは八上城跡がある高城山を望む事ができます。

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AJ

言わぬが花、掘らぬが墓 (2022/09/14 訪問)

人の頭というのは存外重いのですが、どういうわけかしょっちゅう行方をくらますようです。新選組組長・近藤勇の首もそのひとつ。

西軍によって江戸で捕縛されたのが1868年4月。当時は坂本龍馬暗殺の嫌疑が新選組にかけられていたため、まもなく斬首された近藤。首は京に運ばれ、三条河原に晒された、とここまではほぼ通説のようです。問題はここからで、諸説入り乱れます。そのうちのひとつが、元隊士たちが晒されていた首を奪いとり、会津に運んだというもの。当地は近藤らが仕えた京都守護職・松平容保居城の地。

というわけで山登り。しかも循環バスの時間があるため、約20分で麓と中腹を駆け足で往復。ランナーではありますが、ペーパードライバーでもある小生の泣きどころであります

それはさておき、会津若松市東山町の天寧寺裏山にその「首塚」はあります。首を取り返した副長らによって建墓されたとの言い伝え。実際に埋められたのは近藤の頭髪だけとの指摘もあります。ちなみに、石に彫られている法号は容保みずから贈ったとのこと。あえて暴かれない真実がここにもひとつ。

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小城小次郎

山城の美しさを測る尺度はないが (2022/05/01 訪問)

山城の美しさを測る尺度はまだ存在しないが、上原城がその美しさにおいて高得点を獲得することに異を唱える人は少ないのではないか。諏訪の地と諏訪の血を守るために設けられた諏訪氏の本拠地であり聖地でもあった。

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朝田 辰兵衛

関西入りしましたが… (2022/09/17 訪問)

関西入りしましたが,「出張!お城EXPO in 滋賀・びわ湖 2022」へは行ってません。
台風14号の九州攻めの影響により風は強く,時々小雨が降りました。
入館料【300円】の舞子海上プロムナードへも行き,海上47mの丸太橋の上に立ちました。下方の撮影にもブレずに成功…と思いきや,なんと私の左足がしっかり捉えられているではないかっ(-_-;)
そんな時に限って,1枚しか撮っていないという不運…。不運は連鎖するもので,食事の撮影でタコ飯のフタを取るのを忘れているし…。
まっ,笑ってスルーしてください。

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カズサン

坤櫓・土塀・巽櫓と並んだ景観が最高です (2005/01/22 訪問)

 大坂の陣で戦功の有った小笠原忠直が幕命で築城した明石城、客分の宮本武蔵も縄張したとの伝聞も有るとか、西から稲荷郭、本丸、二の丸、東の丸総石垣構造の連郭式、南に三の丸を中堀で囲み更に西、南、東の外郭を外堀で囲み、その南に西国街道が通り、姫路城と明石城が西国諸藩への備えを担っていた。

 17年前の平成17年1月下旬、大阪で新年同窓会が有り、兄の家を常宿にして居り、兄と明石の活きタコ刺し、明石焼きを食べにと明石城に出掛けました。

 明石駅から大手太鼓門枡形を通って入城、平成7年1月の阪神・淡路大震災で石垣の崩れ、櫓も被害に遭いましたが、平成12年には石垣、巽櫓、坤櫓の修復が完成し、同時に巽櫓、坤櫓間の漆喰土塀が復元され、本丸景観が素晴らしいものに成りました、修復完成から5年後に訪ねた事になります。
 三の丸から坤櫓、巽櫓、土塀を眺め、本丸下からも、二の丸登城路から二の丸、本丸へ巽櫓、本丸展望台、坤櫓、天守閣が建てられなかった天守台に登り、稲荷郭、北側の桜堀から本丸石垣群を眺めて三の丸へ、また三重櫓坤櫓・白漆喰土塀・三重櫓巽櫓をしっかりと脳裏に写し刻む、見事に修復され素晴らしい城郭景観に成りました。

 明石城探訪を終わって明石駅南口より飲食店街に在る辺りをぶらつき覗き見して、一軒の寿司屋に入り、目的の活きたタコの刺身を初めて食べました、茹でたタコ刺しは当たり前のものですが、生の活きたタコ刺しは初体験美味しく兄と酒で頂きました、勿論明石焼きも頂きました。(残念ながら写真をを撮って居ません)

 後日令和元年5月に明石駅のホームから駅頭整備され見通しが良くなった明石城の坤櫓・漆喰土塀・巽櫓の眺めを堪能しました。
  
 

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侍ホリタン

明智光秀公ゆかりの地を訪ねて(その2) (2022/03/06 訪問)

JR福知山駅から徒歩15分です。福知山城は明智光秀公が築いた城です。石垣には墓地や寺院から運ばれたと思われる石材が使用されています。

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ぎりょう

新発見の施設を確認に・・・ (2022/09/11 訪問)

先日、2022年川崎町・上廣歴史文化フォーラム①「前川本城を探る」新発見!防御施設と荷揚場?に参加した。前川本城は三重堀や桝形虎口に馬出を併設した厳重な縄張りで、今や全国的に有名になった中世城郭だ。その大手口の北側、外堀の役目をはたす立野川の右岸に新しい遺構が発見され、今回の歴史文化フォーラムの開催となったものと考えます。せっかく川崎町に行くのだから開催時間の前に新発見の遺構を見学することにした。
新発見の遺構は、大手登城路の北側に土塁囲いの外郭(家中屋敷 現在は畑地)、立野川が90度川向を変える地点の右岸に広さ15m✖10mほどの土塁で囲まれた桝形、その北側に土塁をともなう下曲輪、その西側の川岸に向けたスペースが有る。また、桝形から南側に向けて大手口方面へ土塁と堀が続く。(途中には現在も水を湛えた清水跡も有る)
今フォーラムでの説明は、川の左岸に前川本城の城下町と考えられている防御施設を持つ「本屋敷遺跡」があることから、発見された遺構は本屋敷地区への渡し場・荷揚場?舛形は外郭の北西端の防御施設、土塁・堀は大手口方面への通路(堀底道か)としている。

川崎町は藩政時代に山形に通ずる笹谷街道沿いの備えに川崎伊達家(御一門3000石)が置かれた場所であり川崎要害跡をはじめ中世城館跡も多い。城びと諸兄に充分楽しんでいただける場所と考えます。

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にのまる

国宝8棟 (2022/06/10 訪問)

姫路駅に着いてから約3時間。ようやく国宝天守群にたどり着きました。
いろいろありすぎてまとめられないので、印象に残ったところの写真を10枚ピックアップします。
① 西の丸の眺め…西側防御の最前線!
② 火縄銃掛け…梁や長押にたくさんありました。
③ 武具掛け…かっこいい!憧れます!欲しい!!
④ スプリンクラー…城内に約1,000個設置。
⑤ 二重の扉…これは突破できない。
⑥ 武者隠し…秘密基地(´艸`*)
⑦ 石打ち棚…火縄銃で応戦用。煙抜きの高窓つき。
⑧ 墨書痕…4階だったかな。
⑨ 軸組構造模型…東小天守1階にありました。
⑩ 順路…何度でもぐるぐるしたい。

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たっかー

行ってみたい

行ってみたい

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(無念、中止)歴史案内活動【令和4年9月23日(金祝)9:00~12:00】

(雨予報のため無念ながら中止といたしました。
 次回活動にご期待ください)

こんにちは、躑躅ヶ崎歴史案内隊のEこと上田絵馬之助です。

躑躅ヶ崎館跡の歴史案内活動を行います。

COVID-19の感染拡大はいまだ続く中で迎える秋の連休、
当隊は感染防止対策をとりながら武田神社で案内活動をします。
夏が過ぎて秋を迎える山梨・甲府では、
果物など食べ物の美味しい頃合いになります。
観光の足を伸ばして史跡めぐりをお楽しみください。


日時:令和4年9月23日(金祝) 9:00頃~12:00頃
参加ガイド:局長・大塚與左衛門、民部少輔(弥三郎)景政

◆武田神社境内に今日も残る数々の城郭の痕跡を、個性豊かな甲冑ガイドがわかりやすく楽しく案内します。
◆案内時間は10分~30分、ご都合に応じて調整できます。
◆ガイドは無料です。
◆バスツアーなどの自由時間にあわせた案内も可能です。
◆雨天、COVID-19感染拡大状況等により中止の場合があります。
◆案内に先立ち検温等のCOVID-19感染対策を行っていただきます。
◆また、感染防止のため甲冑ガイドと一緒に写る記念撮影はご遠慮いただいてます。
 甲冑ガイド単独の撮影は可能ですので、撮影者間の距離を保って撮影ください。
◆案内活動は武田神社様の承認のもとに行ってますが、当隊そのものは武田神社様とは無関係の有志団体なので
 活動に関する武田神社へのお問い合わせはご遠慮ください。
 問い合わせ、連絡は当隊公式ツイッター(https://twitter.com/KoufuSamurais)へお願いします。(E)

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ぴーかる

大塚城 (2022/09/04 訪問)

【大塚城】
<駐車場他>城跡前のため池そば<35.051544, 136.193994>地点に少しなら駐車可能かと
<交通手段>車

<感想>日帰り東近江ちょこ城巡りの旅ラスト6城目。大塚城は室町時代に佐々木六角氏家臣の大塚氏の居館跡とされます。観音寺騒動の後は信長に降って蒲生氏に寄属したようです。
 先達方の投稿をきちんと見なかったので線路を隔てた向こう側の最大の見所の北西隅の堀と土塁を見落としちゃいました。駐車した場所の正面の現代の住宅跡だったかの朽ちた門から突入(藪化がすごい)内部をぐるりして東側から出れます。こちらの北側にもうっすら堀が残っています。線路が南北に走って城跡を東西に分断し、南側は道路が東西に通っていて、かなり盛土をしていると思われ構造がよくわからなかった。
 これにて今回の旅終了、終了時刻が14:00でしたが、近隣の城びと登録城は山城以外すべて攻略済でしかも暑かったので終了しました。走行距離約200㎞無事走破。

<満足度>◆◇◇

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じゅん兵衛

利神城 ガイドツアーで本丸登城 (2022/09/11 訪問)

2022.09.11ガイドツアー参加にて本丸まで登城、どうやって運んで普請したのか謎(文献なしのため不明)の石垣が素晴らしい城址です。
ツアー参加料は3000円(お弁当あり)、道の駅平福10:00出発で約4時間のイベントです。ツアーに参加しないと眺められない眺望は最高です、一見の価値ありです。

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イオ

出張!お城EXPO in 滋賀・びわ湖 2022 (2022/09/18 訪問)

出張!お城EXPO in 滋賀・びわ湖 2022に行ってきました。台風の影響でか朝から雨が降りしきる中、8時30分頃に会場に着くとすでに碧水ホールを取り巻く行列が…。傘をさしつつ待つこと30分、ようやく入城するとまずはニッポン城めぐりのブースへ。限定異名ガラポン抽選会は、真田一族推しとしては「表裏比興の者」狙いでしたが(「六連銭」は持ってます)「近畿管領」でした。今さらながらの麒麟がくる紀行を続けている者としては、明智光秀由来の異名は大いにあり! ですね。

続いて城めぐり観光情報ゾーンへ。滋賀県内のブースが中心で出展数も多くはないものの、三雲城のジオラマやパンフレットを見ていると近いうちに行きたくなりますし、相当に遠いけれど対馬の金田城や清水山城にもいつか行ってみたいものです。展示されている御歌頭氏の戦国武将の墨絵(織田信長、明智光秀、豊臣秀吉など)を堪能し(墨絵ライブも観たかった…)、城びとブースで「お城が好き」マグネットをいただいて、今度はあいこうか市民ホールに移動。

お城EXPOゾーンでは、日本100名城・続日本100名城パネル展とテーマ展示「甲賀の地侍と同名中」を見学。昨年に甲賀の城をめぐっていますが、時代背景がわかると城めぐりがなお一層楽しくなりますね。観光情報ゾーンでは甲賀の城のパンフレットをもらったので、いずれ土山城や和田城館群にも行きたいなぁ…。

本来であれば、この後は講演会やステージイベントを観たり、ワークショップにも挑戦したいところだったんですが、午後から所用が入ったため、無料開放されていた水口歴史民俗資料館で水口岡山城や水口城、水口宿の展示、水口レイピアを見てこの日はおしまい。まるーむ会場にも水口城資料館にも行くことなく、帰る途中に菓子長でお土産(忍術もなか)を買って、甲賀を後にしました。

…ということで、念願のお城EXPO初参戦は、時間の都合で当初予定の3分の1も滞在できませんでしたが、それでも約3年ぶりのお城イベントはやはり楽しく、いつかは横浜にも行きたいとの思いを新たにしました。
 

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小荷駄

伊勢上野城跡 (2022/09/13 訪問)

城跡は本城山青少年公園になっていて駐車場とトイレは完備されていました。遺構は少なかったですけど浅野三姉妹ゆかりの地三重県内の有名でない上野城って聞くと逆に行きたくなってしまいました。私だけではないかと思います。伊勢鉄道の伊勢上野駅から徒歩15分程でした。公園内は雨上りということもあり足元が滑りやすかったです。また日本庭園はあまり手入れされていないみたいで草がかなり生えていてクモの巣が多かったです。尚展望台に資料館がありましたが入館は4月~11月の第一第三日曜日の10時~15時でした。

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カズサン

立体模型と上之橋御門跡 (2005/01/28 訪問)

 福岡城の立体模型が福岡城上之橋御門跡近く北側のビル街の「しんわ本社ビル」一階ロビーに展示されて居り一般人も見学可能と情報を得て、福岡博多出張の折空き時間に、福岡城と立体模型見学に17年前の平成17年1月下旬出向きました。
 
 地下鉄赤坂駅下車、西向きに歩き福岡城の濠が見えて来る、途中に福岡城の堀石垣の展示がされて折見学、デジカメでは写真を撮って居ませんでした。
 福岡城の上之橋御門跡は直ぐ分かります、土橋は幅広く舗装され車道、上之橋御門は外桝形内枡形の二重構造周囲の石垣は打込み接で立派な石が使われて居る。
 
 立体模型の有る「しんわ本社ビル」へ受付女性の方に福岡城模型見学の旨を伝えると気持ちよく応対頂き感謝、ロビーに福岡城立体模型があり直ぐ分かります、福岡城の立体模型は初めて見る体験、大きさ精巧さに大感激し夢中で見学、撮影もOKとの事で各方面撮りまくりました、福岡城の天守閣は透明プラスチックで作られて居り天守が建って居たのだと思ったり、現に天守台には建物礎石が列よく残って居ます、天守閣が一時期在ったのだと強く意識しました。
 奥に資料、図書コーナーが有り閲覧自由、沢山の城郭本も有り、私の持ってる物、持っていない物色々、その中で「甦れ!幻の福岡城天守閣」佐藤正彦著が気に成り後日アマゾンで購入しました。この本には福岡城大天守閣中・小天守閣、天守曲輪群建物のCG写真、復元設計図、福岡城跡測量図も載って居ます。2001年7月20日初版です。
 
 この後濠端を歩いて西へ下之橋御門跡に行きました、(伝)潮見櫓を入れて撮影。 下之橋御門は平成12年不審火で焼失し、焼失部材も使って平成20年11月修復復元されました、焼失した御門は櫓部分が無いものでしたが修復復元御門は櫓御門として焼失部材は門の桁に使い江戸期の櫓御門に復元しています。
 

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侍ホリタン

淡路・徳島の100名城を訪ねて④ (2022/02/12 訪問)

本日、4城目一宮城です。御城印、100名城スタンプは登山道入口の案内板隣にあります。スニーカーで大丈夫ですが、山城なので登山靴等の登山の準備をした方が良いと思います。駐車場は登山口入り口前に2台ほど停めれるスペースが有りましたが、車にて訪問される方は事前に調べておいた方が良いと思います。

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侍ホリタン

淡路・徳島の100名城を訪ねて③ (2022/02/12 訪問)

本日、3城目徳島城です。御城印、100名城スタンプは徳島城博物館にあります。徳島市の中心部にある城なのでお城めぐり以外の観光、食事なども同時に楽しめます。私は近くの有名なラーメンで食事しました。

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