別名「鳥城」「金鳥城」と呼ばれ、国指定の史跡です。豊臣秀吉の身内並みに厚遇されて大大名となった宇喜多秀家が、秀吉の指導を受けて築城。完成までに8年の歳月を費やした岡山城は、旭川を天然の外堀に活用。
天守閣の壁に黒漆塗りの下見板を取り付ける特徴が、外観が黒く「鳥城」と呼ばれ、秀家は岡山城を戦の施設としてだけではなく、領国内の商人や職人を集めて治世の府として城下町の整備を整えました。
秀家に代わって城主となった小早川秀秋、岡山城を拡張し、その外に寺町を配置。
岡山城は歴代城主の下で岡山の街並みの発展を見続け、近代都市の礎となったのです。
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