小川城は小川氏の城ですね。五代小川可遊斎は武田勝頼滅亡後
上杉を頼り落ちのび、城代は真田家家臣で小川家門葉の北能登守が居城したと有ります。
その後、豊臣秀吉の斡旋で沼田は北条のものとなり、城代が入りますが
北条は滅び城が真田に帰ってきます。北能登守は吾妻の奉行になり、
寛永15年(1638)真田伊賀守が小川城三の丸陣屋に住みついて
明暦3年(1657)沼田城五代城主真田信利となり、小川城は空き城になったとのことです。
城は国道291号線により東西に分かれ東に本丸があり、二の丸との境を
深い堀が渡っています。
二の丸の大部分は国道西側に残り、堀は消滅していますが標識が立てられています。
かつて真田伊賀守が住んでいた三の丸にも標識が建っているので把握はしやすいです。
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