(長野県&岐阜県方面城巡り)10日目:高須城
(2023/04/27 訪問)
駒野城からの転戦です。城跡公園入口(35.222300、136.630290)に路駐しました。
築城年代は定かではないようですが、1338年(暦応元年)美濃国石津郡に地頭職を賜った氏家重国が館を構え、これを高須城の前身とする説があるようです。
1522年(大永2年)大橋重一が築き、以降、信重、重長と続きます。
大橋氏は後に勝幡城の織田信秀に属し、天文年間(1532年〜1555年)以降は高津直幸、平野長治、秋山信純など多くの城主が入れ替わりました。
関ヶ原合戦後、松ノ木城から徳永寿昌が50,700石で高須城に入り高須藩となりますが、二代徳永昌重は1627年(寛永4年)大坂城改修工事で監督不行届があり改易され、出羽国鶴岡藩酒井忠勝、さらに出羽国新庄藩戸沢政盛にお預けとなりました。
同じく、嫡男徳永昌勝もお預けの身となっていましたが、1648年(慶安元年)に赦され、子孫は2,200石の旗本として速続しています。
1640年(寛永17年)下総国関宿から小笠原貞信が22,700石で高須へ移ってきましたが、度重なる洪水などに悩まされ、自ら領地替えを幕府に願い出て、1691年(元禄4年)に越前国勝山へ転封となりました。
その後は天領となっていましたが、1700年(元禄13年)尾張藩主徳川光友の次男で信濃国高井藩主松平義行が高須藩へ転封となり、以降、高須藩30,000石として代々続いたようです。
高須小学校の北側の「城跡公園」に説明板があります。遺構は残っていません。城跡公園入口に路駐した為、速攻で撤退しました。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=八神城に向かいます。
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