よどやまじょう

淀山城

兵庫県丹波篠山市

別名 : 波々伯部城
旧国名 : 丹波

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登城口の説明板
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南山城 (2023/01/22 訪問)

淀山城を拠点とする波波伯部氏は、篠山盆地の東へり平地部北側にある淀山城に対して、一族が、東側、南側に城を構えました。淀山城から、それぞれの城の登城口まで5百〜8百mです。
がっつりと山城であった東山城から南山城に向かいます。道案内がないので登城口は見つけにくいです。東山城から、小川沿いに西に進み、大仙寺を目指してください。大仙寺前の橋を渡って左手に、説明板があります。登城口です。
東山城は山頂に縄張りされていましたが、南山城は山頂から降りてきた尾根の高まりに縄張りされています。砦程度の規模ですが、しっかり遺構が確認できます。このあたりの山は凝灰岩質で、地面に適当な大きさの石が露出していて、本郭には礎石趾や石垣趾?の石があります。東山城同様、地元の方によってよく整備されています。

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東山城 (2023/01/22 訪問)

淀山城を拠点とする波波伯部氏は、篠山盆地の東へりを支配し、平地部北側にある淀山城に対して、一族が、東側、南側に城を構えました。淀山城から、それぞれの城の登城口まで5百〜8百mです。
淀山城から、県道372号を渡り、南の集落に入っていきます。家が途切れる手前で左手に折れます(写真⑩)。突き当たりに東山城の説明板があります。淀山城は比高があまりないですが、東山城、南山城はがっつりと山城です。道案内の標識、遺構の標識がよく整備されています。遺構の状態も良く、畝状竪堀がはっきり写りました。
下山後、南山城に向かいます。

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城主の波々伯部(ははかべ、ほうかべ)氏は古代朝廷の部民 (2023/01/22 訪問)

城びと先達がレポートされているように、低比高でコンパクトながら、急で高い切岸や多くの竪堀など、見ごたえがありました。
2022年9月のキンヤさん訪問後、本丸に説明板が追加されたようです。また、県道372沿いに、淀山城の矢印標識が設けられているのですが、淀山城の反対側を向く「東山城址」矢印が。本丸に追加された説明板にも「東山城」他の文字あり。淀山城は軽くこなして、篠山城経由で篠山盆地西方の山城攻略の予定でしたが、変更して、東山城、南山城に向かうことにしました。これがなかなかのもの。続く

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キンヤ

波々伯部氏の本城 (2022/09/18 訪問)

丹波で有力な豪族 波々伯部氏の本城とされます。
波々伯部氏は戦国期には八上城の波多野氏に従っていましたが、明智光秀の丹波攻めの時には落ちる前に退散したようです。

コンパクトな縄張りで比高は低く楽に登ることでき、主郭・ニ郭周りの竪堀・横堀・切岸・堀切・腰郭など、しっかりした遺構がよく残されていました。
主郭の北下の高い切岸、広い二郭の北下の大堀切が見応えありました。
竪堀が7ヵ所位ありますが、中でも二郭の東下の竪堀は、横堀から折れて竪堀に繋がっており長大で一番の見所だと思いました。

地元の方が案内板や登り道を整備して下さっているお陰で夏でも見学し易く感謝します。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 不明
築城年 南北朝時代
主な城主 波々伯部氏
遺構 曲輪、帯曲輪、土塁、堀切
再建造物 説明板
住所 兵庫県丹波篠山市辻字淀山