戊辰戦争の活躍で勇名をはせ、今では家康配下の酒井左衛門尉家の末裔の居城である鶴岡城を訪問しました。
続100名城には列記されているものの、遺構はそれほど多くなく、市民憩いの場である鶴岡公園として親しまれているようです。
遺構は本丸に庄内神社が置かれ居ますが、本丸櫓跡を除いて石垣部分は少なく、水堀と土塁をかぎあげただけの簡素な平城でありるように思われますが(図面によると馬出はあるようです)、その分築城に必要な費用確保に対する農民の負担も大きなものではなかったのでしょう)。
これは、ことさら強力な防御力を誇示しなくても、近隣の外様である秋田藩(佐竹氏)に対しては、山形城が押さえになっていることや、戊辰戦争時のように籠城による戦闘を想定していなかったことが理由にあるかもしれません。
藩校である致道館は三の丸におかれており、往時の様子を良く残している他、江戸時代と明治時代(洋館)を挟んだ多くの建物が致道博物館に集められています。
なお、城内には鶴岡出身の藤沢周平記念館もおかれています。
城内に見るべきものは多くありませんので、攻城時間は周囲の致道館と致道博物館を併せても90分というところかと。
周囲には駐車場も多く、自動車で訪問する分には不自由はないと思われます。
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