小島城からの転戦です。林道入口(36.252061、137.092573)から進入し、林道を1Km走った舗装が切れた場所に駐車しました。
荒れた林道を東へ400mくらい歩くと左側に平坦地、右側に岩場(36.249385、137.105417)があり、左に下り岩場を回り込むように進み、突き当りを左に行くと馬場跡の標柱のある入口に着きます。岩場から本丸まで10分くらいだと思います。
なお、岩場のGPS座標を経路入力するとググールでは対応できないので、あくまでポイントとしての目安にしてください。
築城年代は定かではないようですが、姉小路氏の庶流向氏(小鷹利氏)累代の居城とも云われるが、それを直接示す史料は残っていないそうです。
1583年(天正11年あるいは10年)に向家の幼君右近を後見していた牛丸又太郎重親が、逆心を起こして横領を企てました。
重臣の後藤重元はこれを察知して城を脱し、後藤重元・向井右近太夫(後の向右近宣政)・小鷹利某等は窮地を脱しますが、重元は防戦して戦死しました。
向宣政と弟である向俊政と小鷹利氏は母国の佐竹氏へ仕え、後に向宣政は姉小路頼綱の次女を妻としました。
八日町の戦い後、牛丸氏は討伐され、姉小路氏の城となります。飛騨征伐後の江戸時代には一国一城令により廃城なりました。
小鷹利城の本丸は南北に長く、南東側に虎口があり、それを降りた所が三ノ丸とされています。
三ノ丸は主郭の南下にあり東に虎口、東西を土塁で仕切られた小郭で、下の尾根に堀切があります。
三ノ丸の南は大堀切(写真撮り忘れました)となり、それを降りた所が馬場になっています。
本丸/二ノ丸/三ノ丸の全ての標識が壊れていました。
主郭の西斜面には畝状竪堀群があるようですが、よくわかりませんでした。
攻城時間は40分くらいでした。次の攻城先=向小島城に向かいます。
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