撫養城は阿波と淡路の押えともいえる標高62mの
妙見山に築かれています。
古くから足利将軍家ゆかりの地で城塞が築かれていたようで、
城郭体系によると、「多聞院日記」永正3年の頁に
「三好之長の執事に撫養掃部助」という人物がおり、この人物が
撫養城主、小笠原源氏である撫養殿のことを指すようです。
この地域の支配者も三好氏、長宗我部氏、豊臣家臣蜂須賀氏と
移り変わり、蜂須賀氏の時代に阿波九城として益田内膳正忠が兵300を預かり
守将を務めました。
かつての鳥居記念館が「トリーデなると」としてかつての櫓台に立ち
妙見神社が本丸跡とされ、石垣と土塁が残っています。
神社裏側の石垣が遺稿らしく和泉砂岩を加工した切石を組み合わせているようです。
城主が気持ちよさそうに寝ているので参拝は遠くから行います。
まったく動じる気配がない‥。
現状は城址公園として地域の方々によって整備されているようです。
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