【黒野城】
<駐車場他>城跡入口<35.459896, 136.723383>に2台駐車可能
<交通手段>車
<見所>土塁・堀・城石
<感想>日帰り濃尾平野ちょこ城巡りの旅第1弾、4城目。黒野城の築城者は加藤光康の子の貞泰で加藤光康が甲府24万石の領主の時に朝鮮の役で陣没したため(石田光成の毒殺とも)に嫡男の貞泰はまだ幼少という理由から1594年に美濃黒野4万石に減封され黒野城を築城します。関ヶ原合戦では加藤貞泰は当初西軍につきますが、すぐ東軍側について戦後は本領安堵になります。1610年に加藤貞泰は伯耆米子藩6万石へ加増移封されて、黒野藩は加納奥平氏領となり黒野城は廃城となります。
現在は本丸部分の堀と土塁、本丸内部は公園とグラウンドとして残っています。方形土塁上の北東隅と南東隅に櫓があったらしく、土壇は残されていませんが幅広くスペースが残されています。本丸の堀と土塁は見事であり見応えがあります。また西の虎口跡周辺に城門礎石と石垣跡の石が置かれています。城は江戸時代を通して残されていたのだろうか?本丸跡は堀と土塁が良好に残りなかなか見ごたえがありました。
<満足度>◆◆◇
+ 続きを読む










