たちばなじょう

立花城

福岡県福岡市

別名 : 立花山城
旧国名 : 筑前

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石垣🪨
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にのまる

古井戸と石垣と絶景とお団子屋さん。 (2026/09/21 訪問)

福工大前駅から新宮町のコミュニティバスで「立花小学校前」下車。バス停から徒歩15分で立花山登山口に到着しました。
山頂までは1,240m。山道に入る四阿で杖をお借りしました。

15分ほど登ったところに石垣ルートへの分岐がありました。
ここを右に200m進むと石垣が見られるようです。しかしそこには『石垣ルートまでの道は昨年8月の大雨で一度崩れているので通行に注意⚠️』との貼り紙が。
(行ってみたい…でも……危ないかも。)
大勢いる登山者はみなさん通常ルートを進んでいます。なので私も石垣ルートは見送り、通常ルートを行くことにしました。

10分ほどでチェックポイントの屏風岩。迫力があります。
そこから100m進んだところに古井戸への分岐がありました。
石垣ルートを見送って、さらに古井戸までスルーするわけにはいきません。
脇道を2分くらい歩いたところに、簾が掛けられ、柄杓がぶら下げられた古井戸がありました。廃城後、埋もれてしまったのを見つけ出してくださった方がいるのかもしれず、目にすることができて感謝でした。

通常ルートに戻り、山頂に到着したのは登城スタートから45分後でした。
367mの山頂から眺める絶景パノラマ。多少は土地鑑があるので知っている場所を探すのも楽しかったです。

山頂には老若男女50人くらいいらっしゃいました。決して楽ではない登山でしたが、この景色が待っていると思えば何度でも来たくなるのだろうな。

少し休憩🍙して下山します。
帰りのバスの時間が微妙で、急げば間に合うかもしれないけれど、無理をして転んだりしてもいけないので、一本見送りゆっくり下山することにしました。

石垣ルートへの分岐まで戻ってきました。
行きに見送った石垣ルート。
やはり気になります。
ここから見える範囲では歩けそうだし「通行禁止」とは書いてありません。
次のバスまでまだ2時間もあります。
これは行くしかない!
行けるところまで行って無理っぽかったら戻ればいいし。

と、かなり気合いを入れて踏み込んだのですが、整備して下さっている道はとても歩きやすく、数分で石垣が見えてきました。
九州っぽさを纏い、自然災害にも負けずに根性でふんばっている石垣。たくましいです。少し孕んでいるかも?なのが気になりましたが、これから先もこの城を伝える存在としてあり続けてほしいと思いました。

その少し上にも石垣の痕跡があり、このあたりから石垣ルートが山頂へと続くようです。案外山頂まで近いのでは⁈とも思いましたが、折れたてほやほや?な木々が目に入り、これらを乗り越えてもう一度山頂へというのは私には無理だと思ったのでここまでで引き返すことにしました。石垣を見るという目的は果たせたので充分です。

大満足で下山し、置いてあった思い出ノートにいろいろ書いて、あとは下関の実家に帰るだけ。
ですが、バスの時間まであと1時間半あります。そこで、行きに見かけて気になった「甘味処 戦国や 立花館」に寄ってみることにしました。
外観からは想像できなかったのですが中に入ってびっくり😲
ここに住めたら幸せすぎるだろう✨な世界・:*+.\(( °ω° ))/.:+
店内のモニターには『真田丸』が映され、壁いっぱいの書籍は自由に手に取って読んでよくて、ソファはゆったり座れて、ワンコインのみたらし団子にはアイスもついていて、冷たいお茶もおいしくて、あっという間に1時間たってしまいました。(撮影許可いただいています。)
居心地もよく、お店の方ともたくさんお話ができて、バスの本数が少なくてほんとによかったです。
次に立花城に行く機会があったら絶対にまた寄らせていただきます。

実家での用事の隙をみての福岡県城めぐり。今回の帰省中は3城行けましたが、どこも楽しくて思い出に残るお城でした。

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todo94

20年前の攻城 (2026/08/14 訪問)

まだポチっていなかった立花城、本丸に到達したのみで見落としている場所だらけだったので、再訪してから投稿しようと考えていたのですが、2000城達成前に福岡に行くことは難しくなってしまいました。とりあえず、20年前の写真を投稿させていただきます。再訪の際は、トクさんの投稿を参考にきっちりと城を見て回りたいと思います。それにしてもお盆期間中にこんな山城を攻めているとは。今でこそ、山城オフシーズンを設けていますが、このころは見境なく城攻めをしていました。福井県の杣山城攻略も夏季だったように記憶しています。

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トク

【大友宗麟】(5)立花城(博多湾を望む絶景の山城) (2026/01/06 訪問)

大友宗麟、門司城からの続き(5)です。

大友と毛利の決戦の話をする前に、その争奪戦となった、私の憧れの道雪・宗茂様の居城「立花城」へ行って来ました。立花城は立花山の山頂にありました。今回はその登山の様子から先にお伝えします。

JR福工大前駅よりコミュニティバスに乗り、立花小学校前で下車しました(写真⑩)。そこから県道に沿って10分程歩き、「梅岳寺」から右折し坂を登ります。歩いている途中の六所神社にきれいな公衆トイレがありました(その先山頂までトイレはありません)。

梅岳寺には立花道雪の墓があります(写真②③)。まず道雪様に手を合わせ、登山の無事を祈ります。ふと見上げると、立花山の頂上がここから見えました(写真①)。いよいよ目標が見えて気合が入ります😠。

舗装された心臓破りの急斜面を登る事10分、パンフレットの置いてある場所に着きました(写真④)。ここから先は自然遊歩道になります。立花山の標高は367mですが、登山道はほとんどがとても急な坂で、いちおう整備はされていますが、岩場や滑りやすい場所も多く、60過ぎのおじさんにはかなり堪えました。しかし地元の人の足は軽やかで早いです(😱~!)。延べ10人くらいの人に追い越されました(笑)。雨上がりの日は特に滑ると思うので、十分注意して登って下さい。

途中から滝ルート(ややゆる傾斜)と石垣ルート(急傾斜)に分かれますが、城びとの私は迷わず(気合を入れて!😠)石垣ルートを選びました。確かに三の曲輪・二の曲輪・本曲輪と思われるような段々の場所に、三つの石垣と曲輪がとてもよく残っています(写真⑥⑦)。このあたりの石は自然に割れている岩が多いので、自然に割れた石を野面積で積み上げたものと推測します。おそらく立花道雪か宗茂の頃に積まれたものではないでしょうか。石垣の上は平たんな曲輪になっているので、ここに兵が待機する何らかの建物があったと想像します。また石垣の横は深い切岸や竪堀になっていて、攻め手の気持ちで登ると、確かにこれを攻め落とすのは、容易ではないと感じました。立花宗茂が島津軍1万5千の猛攻にも耐え抜く事が出来た理由がよく解りました。

そしてやっと山頂本丸(標高367m)に到着です! バスを降りてから山頂まで、私の足で1時間30分かかりました(みなさんの足なら1時間くらいかな?)。でもとてもすばらしい、感動の眺めです! 疲れも吹っ飛び、がんばって登った甲斐があったと感じる瞬間です! 西は福岡市内と眼下には博多湾と名島城、北は志賀島と能古島、東は宗像まで見えました(写真⑧)。「立花山を制する者は博多を制す! 博多を制する者は九州の富をも制す!」 という言葉がありますが、まさにその意味が分かるような気がしました。ここで雄大な景色を眺めながら「おにぎりタイム!」😊。山城の楽しみはコレですよね! 山頂で40分過ごし、下りはバス停まで50分、全行程3時間の登山でした。

次は麓の名島城から、この立花城の争奪戦(多々良川の戦い)の話に続きます。
 

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T-Shionoya

筑前国の重要拠点 立花山城 (2023/10/12 訪問)

10月の福岡旅行で訪れた2つ目の城が福岡県の福岡市や新宮町などに跨る立花山城。

福岡平野の北東、古から海陸交通のランドマークであった標高367mの立花山一帯を要塞化した城。
最高峰の井楼山を本城とし、他のピークや尾根に出城や砦などを配置。
貿易港博多の監視が可能なポイントで、筑前国を統治する重要拠点の1つとして争奪戦が繰り返された模様。

南北朝時代に豊後国の大友氏の一族が築いたと伝わり、立花姓を名乗っていたが16世紀後半に滅亡。
1571年に大友重臣の戸次鑑連が入城し立花道雪の名で知られ、養子の立花宗茂が城主を継承。
その後、筑前国の大名となった小早川の時代は名島城の支城となり、黒田時代に廃城となりました。

現在は登山道が整備され、福岡で気軽に楽しめるメジャーな登山スポットの1つ。
山頂からの博多湾と福岡市街地の眺望は絶景。

訪問時、立花口からスタートすると途中でルートが分岐し、立花山ルートで山頂の本城へ。
古井戸は埋没していたものの、山頂部に到着すると本丸は石垣と虎口らしき遺構が残る曲輪。
山頂から北西に石垣ルートで下山すると、所々で削平地が見られ、点在する石垣は徐々にレベルアップ。

予定していた松尾山は断念し、秋山谷から小つぶらを駆け足で巡り滞在時間3時間越え。
時間不足でやや消化不良ながら、立花道雪・宗茂への興味が増した私の城郭巡りの161城目でした。

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城郭情報

分類・構造 平山城
天守構造 不明
築城主 立花貞載
築城年 元徳2年(1330)
主な改修者 小早川隆景
主な城主 立花氏、大友氏、小早川氏
廃城年 慶長6年(1601)
遺構 曲輪、石垣
住所 福岡県福岡市東区立花山
問い合わせ先 福岡市教育委員会文化財部文化財整備課
問い合わせ先電話番号 092-711-4783