古城ヶ岳城からの転戦です。徒歩で向かいましたので、途中、雪舟のアトリエである雲谷庵に立ち寄っていきました。築山館跡で土塁も残る八坂神社では勤労感謝の日ということで何らかの行事が執り行われていました。前回、訪れた時は遺構の平面表示や駐車場が整備工事中で竣工直前の状態でしたが、きれいに整備が完了していました。
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2025/12/11 07:17
2025/08/28 07:02
大内教弘の居館 (2025/07/13 訪問)
大内氏館の北側に観光駐車場があり、さらに道路を挟んだ北側が築山館です。
大内教弘が「築山殿」と呼ばれていて、別邸として築いたとされていましたが、発掘調査や文献から教弘が守護職を息子に譲った後の居館だったようです。
跡地は整備され、掘立柱建物跡などが表示されています。
ここには瓦葺きの建物が可能性があるとのこと。
隣接する築山神社の裏手には土塁が残ります。
見える遺構はこれのみですが大内氏が当時、栄華を誇っていたことが伺えました。
高嶺城にも行きたかったですがこの日も猛暑、時間も限られてたので山口城に向かいました。
【見どころ】
・築山神社北西部に残る土塁
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2024/03/22 23:57
築山神社は元・東照宮 (2024/01/02 訪問)
築山館は八坂神社・築山神社の境内とその北側と東側にかけて築かれていたそうで、一辺はおよそ145m、面積は2.4ヘクタールに及んだそうです。大内氏の別館として大内教弘によって築かれたとされており、築山神社の周辺に築地が残っています。かつては壮大な館舎があり林泉(庭園)の景観はことに素晴らしかったようです。
かつては大石を積み上げていたそうですが文久3年、毛利氏が萩城から山口に移鎮した際、館の造営のために石を持って行ってしまったそうです。境内にある築山神社は明治2年(1869)に氷上山興隆寺にあった東照宮をこの地に移したものらしいです。祭神は大内義隆で他にもいろいろな人を祀っていますが、相殿に徳川家康や市川元教の霊を祀っているようです。
明治政府ってやることホントにたいがいだけど、やはり家康公の祟りは怖かったんでしょうか。
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| 分類・構造 | 平城 |
|---|---|
| 築城主 | 大内教弘 |
| 築城年 | 室町時代 |
| 主な城主 | 大内氏 |
| 廃城年 | 弘治3年(1557) |
| 遺構 | 土塁 |
| 指定文化財 | 国史跡(大内氏遺跡) |
| 再建造物 | 石碑、説明板 |
| 住所 | 山口県山口市上竪小路 |
| 問い合わせ先 | 山口県教育庁社会教育・文化財課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 083-933-4666 |