うらがじょう

浦賀城

神奈川県横須賀市


旧国名 : 相模

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佐久間象山と吉田松陰
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天守無しがアツい

浦賀道 (2026/07/20 訪問)

浦賀駅から西叶神社まで1km🚶‍♂️
その途中にも…写真として撮りたくなるものがありました

地元の中学生が描いた…江戸時代の浦賀(ペリー来航に吉田松陰など)

駅から神社までを繋ぐその道は…浦賀道といい…幕府と浦賀奉行所を結ぶ重要な道

ペリー来航の際は大勢の見物客がここを通って見に来た…そうですが、当時はトンネルも無く道が現在ほど整備されてない環境

金沢(金沢八景のあたり?)から船で浦賀まで行った方が…無理に陸路を進むよりも効率よかったそう🚣‍♂️

西叶神社に着いて…御朱印所で(天照大神を祀ってると聞いたので)伊勢神宮系列の神社かどうか尋ねる。もしそうなら(持参してきた)伊勢神宮で授与した御朱印帳に描いてもらう予定だったが…直接の関係はありませんと回答されたため…書置きのをいただく

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天守無しがアツい

勝海舟が断食したところ (2026/07/20 訪問)

元は後北条氏が房総里見氏からの攻撃に備えて築かれた城

ただ現在は…城跡というよりは東叶神社⛩️という色合いが強い

浦賀城址=東叶神社の敷地 みたいな

本堂左にある急な階段を登ると…勝海舟が断食したと伝わる場所がある

万延元年(1860年)…勝海舟は咸臨丸の艦長格として…太平洋航海に赴いたわけであるが…その前にこの地にて航海の安全祈願および断食修行🧘をおこなったそう

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Toshi⭐︎

勝海舟断食修行の地〜浦賀城跡 (2026/05/10 訪問)

三浦半島砲台跡巡りのついでに訪問。源頼朝ゆかりの叶神社の本殿横から急な階段を登って登城。特に目につく遺構はなく、展望台という感じ。

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昌官忠

日帰り三浦半島城巡り③:浦賀城 (2026/05/02 訪問)

2026年5月11日~6月11日まで中国地方と兵庫県のお城を攻城する予定です。
1年ぶりの遠征に向け、事前の足ならし攻城(中央線&京王線沿線城巡り)に続く第2弾は日帰り三浦半島城巡りです。
日帰り三浦半島城巡り3城目は浦賀城です。
浦賀駅より徒歩20分弱で、東叶神社入口(35.240778、139.723050)に着きました。

浦賀城は里見氏からの攻撃に備えて、北条水軍の拠点として使われた城です。
もともと三浦氏が築いていた城を北条氏康が改修して三崎城の支城として利用したと考えられています。
そのため里見義弘との房総一和後に廃城となりました(豊臣秀吉の小田原征伐後に三崎城とともに廃城になった説もあります)。

東叶神社境内の奥左手から急な石段を登ること約10分で主郭部分に到達します。
勝海舟の断食の地の案内板もありました。奥の昇魂之碑の裏側に行くと、城址の案内板が有りました。
曲輪跡などが残るのみですが、城址からは浦賀水道から房総半島が一望できます。
堀切を捜す為、ウロウロしていたら、熊よけの鐘を落として失くしてしまいました。遠征に行く前に購入します。
攻城時間は35分くらいでした。次の攻城先=佐原城に向かう為、京急の紺屋町バス停からバス➡電車➡バスを乗り継ぎ、京急の久里浜電話局バス停に向かいます。
ちなみに、浦賀城から京急の紺屋町バス停に向かうには、「浦賀の渡しから」渡し船に乗って向かいました。料金は400円でした。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 北条氏康
築城年 16世紀後期
主な城主 後北条氏
廃城年 1577年?、1590年?
遺構 横堀(空堀)
再建造物 説明板
住所 神奈川県横須賀市東浦賀2