長山城は山口城のすぐ南の亀山公園が城跡になります。丘の上が広い扁平地に
なっているのですが、完全に公園化しているので城址の遺構は見当たりません。
南側が山口ザビエル記念聖堂になっており、この周辺も元は城域だったものと思われます。
天正16年(1588)仁保氏を継いだ毛利元忠が毛利輝元より城番を命じられたとあります。
慶長元年(1596)毛利秀元が長山城を修築しますが、関ヶ原の合戦が起こり、毛利氏の
防長移封に伴い秀元は長門の長府に移ったとあります。公園には毛利家27代当主で長州藩13代藩主の
毛利敬親公の銅像があり、長府藩13代毛利元周公や最後の清末藩主毛利元純公らの銅像も並んでいた
そうですが戦時中の金属の供出で失われてしまったようです。
南東の山口県立美術館の脇にある池がかつての堀の名残のようです。
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