野田城は当城を攻めていた武田信玄が狙撃されたことで有名な城ですね。城好きや歴史好きはもちろん、特に城めぐりをしていない人たちの間でも認知度は高まってきていると思います。NHKなどの番組などでも何度か放送されているのではないでしょうか。
本丸には狙撃場所の標識があり、笛の名人・村松芳休の笛の音につられた信玄の耳に銃弾が命中したとされていますが、実際には定かではありません。延宝5年(1677)に作成された「菅沼家譜」には鳥居三左衛門が鉄砲を放った後、武田陣中が騒がしくなったとされていますが、後世の創作の可能性も示唆されています。実際の所はどうなのでしょうか?
城址は積極的な遺構の再現や整備などはされていないようですが、本丸周辺には見事な空堀が残っています。小牧・長久手の合戦の後に豊臣秀吉の来襲に備え徳川方が改修を施した可能性もありますね。
最期の2枚の写真は長篠城の近くの和食の店で取った昼食です。
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