おぎゅうじょう

大給城

愛知県豊田市


旧国名 : 三河

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登城口
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WEST

大給城探訪 (2026/05/02 訪問)

愛知県豊田市にある大給城を訪問しました。松平城から自動車で約10分と近く、両城を合わせて巡ると効率的です。大給城は大給松平氏が戦国期に整備した山城で、巨石とともに石垣や石積みによる防御構造が特徴的です。
登城道を進むと、堀切、虎口や櫓台をみることができます。特に見どころは水の手曲輪で、二重の堤防上の石垣が築かれています。現地で見るとなかなか迫力があります。こうした谷を守る石垣は全国でも珍しいそうです。
また、主郭奥側の巨石からなる物見岩からは濃尾平野が一望できました。山城の醍醐味ですね。

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石垣散策 (2026/04/18 訪問)

 この城の見どころのひとつは多くの石垣が遺されていることです。自分が興味を持っているのは水の手曲輪にある石垣で、約5mの石垣で谷部を塞ぎ内側に水源を確保するように作られています。
他にも所々に石垣が残っていて楽しく散策できました。

 車で行かれる方は登城口近くに駐車場があり、登城口から10分かからないで城域に入ることができます。公共機関を使用すると豊田市駅前から「とよたおいでんバス」に乗り大内バス停下車。徒歩20分くらいで登城口に行くことができます。登城路は整備されていて歩きやすかった。ただ暖かくなってきた時期で、蜂が飛び回っていました。

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松平乗元 (2026/04/18 訪問)

 久しぶりの大給城です。
この地を治めていた長坂新左衛門が最初に築城したと伝わります。しかし松平氏が松平郷から勢力をのばし3代松平信光がこの地を治めるようになります。
信光の孫である乗元が、この城を支配することを許され大給松平家の祖となりました。曲輪、石垣、土塁、堀切などがよく遺っています。松平氏初期の縄張りはわかっていません。現在みられる遺構の多くは天正期における武田氏の三河侵攻、小牧長久手の戦いなどにともなって改修されたものと推定されています。
愛知県内ではトップクラスの見応えのある山城です。
堀切は松平乗元墓所から主郭へ向かう途中、水の手曲輪の北西、主郭の西側と3ヶ所にあり、どれも見ごたえがありました。ぴーかるさんが投稿されているように西側の堀切が一番大きいと思います。他の縄張り図にはないのですが、城郭放浪記さんの縄張り図に館跡の東側に「畝状竪堀群」の記載があります。行ってみるとそれらしい地形がありました。
 以前来たのが約10年前。新鮮な気持ちで散策しました。

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巨岩ゴロゴロ&石垣 (2026/02/20 訪問)

 城びと先人の投稿を見て、行きたい城にノミネート。豊田市街から山中に入って行きますが、結構な交通量。かつても足助街道と新城街道の交差場所であり、今も駿河方面に抜ける近道のようです。大給城に分岐するあたりで、道路の拡幅工事中でした。
 巨岩ゴロゴロ&石垣は迫力ありました。巨岩を利用して岩登りを楽しんでいる方も。北側の谷の水の手遺構は、水を堰き止める高さがある上下二段の石垣と両側尾根の石塁が防御の強い意志を感じさせます。また、Ⅰ郭の西から北にかけては切立った岩盤で、ぴーかるさん指摘の西の堀切、切岸(岩盤の崖)は、登るの無理です。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 長坂新左衛門
築城年 15世紀後期
主な城主 大給松平氏
廃城年 天正18年(1590)
遺構 曲輪、石垣、堀切、櫓台
指定文化財 国史跡(松平氏遺跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 愛知県豊田市大内町城下
問い合わせ先 松平観光協会
問い合わせ先電話番号 0565-77-8089