あんしょうじょう

安祥城

愛知県安城市

別名 : 安城城、森城
旧国名 : 三河

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本多忠隆墓碑
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しんちゃん

本多忠高 (2025/12/30 訪問)

安祥城の跡地は大乗寺(主郭)と八幡社(二郭)の境内になっています。北には歴史博物館と駐車場があり、周辺を安祥文化のさと(郷)と呼ぶようです。天文18年(1549)徳川家康の父・松平広忠が死に、同年 今川・松平軍は太原雪斎を総大将として織田信長の兄・織田信広が城代を務める安祥城を攻めました。先鋒を務めた本多忠高(忠勝の父)は信広に追い迫るも深入りしすぎて敵の矢で射られて戦死してしまいました(案内板参照)。
大乗寺の境内には忠高の墓碑があり、徳川家に対して功績のあった者だけが許される大亀の墓碑を以て築かれています。
境内には堀平十郎宗正の墓もありました。安城古城の近くにも宗正の塚があるとされ、安城合戦で討死した将士ではないかと考えられています。主郭跡とされる大乗寺は周囲より高い位置に有り城址の雰囲気を残しています。

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朝田 辰兵衛

安城古城から徒歩で…🐾 (2025/08/10 訪問)

安城古城から徒歩で向かいましたが,時間を測るのを失念してしまいました。感覚的には,約15分くらいだったかな…と。ここも一部公園になっておりますが,安城古城よりもはるかに規模が大きいです。「安城古城かわいそう…」という気分に。

Windows10サポート終了の関係で,突然の途絶が生じるかもしれません。そうなれば,PCを買い替えて環境整備するまでは,私は仮死状態が続くことと思います…。ちょっとレガシー的なところがあるもので,気になっております。ご了承ください。

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ぴーかる

安祥城 (2024/07/20 訪問)

【安祥城】
<駐車場他>安城市歴史博物館駐車場
<交通手段>JR安城駅から徒歩

<感想>青春18きっぷで濃尾平野ちょこ城巡り第4弾2城目。安城古城址から歩きました。現地説明板によると安城城(安祥城)の築城年代、築城者は明らかではありません。一説には永享年間(1429~1441年)に志貴荘の地頭和田親平によるものといわれます。「三河物語」には松平信光が1476年ころに安城城を奪い取ったという記述があります。その後安城松平家が4代続き4代目の清康(徳川家康の祖父)の時に本拠地を岡崎に移します。1540年に織田信秀が安城城を攻め取りその後10年間安城城争奪戦が繰り広げられます。1584年小牧長久手の戦いで徳川方が城を改修して使用したとも考えられています。
 現在の大乗寺が主郭跡で南西隣の八幡社が二郭だったようです。間には現在は通路になっていますが堀切があったようです。主郭跡は小高く隅櫓跡の土塁が良く残っています。主郭を中心とした土塁遺構と縄張りの雰囲気が良く残っていました。歴史博物館には本證寺(城びと登録)の出土品や遺構が多く展示されています。安城古城とここまで駅から徒歩で来たので涼がとれました。
<満足度>◆◇◇

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WEST

安祥城探訪 (2024/01/05 訪問)

安祥城を訪問しました。ここは安城松平家の居所であり、あの徳川家康とゆかりのあるお城となります。
城址を含めて歴史博物館、埋蔵文化センターとが一体に整備されており、安城市の歴史を含めて知ることができます。
駐車場も広く、自動車でのアクセスもし易いです。
昨年は大河ドラマの放送の影響か、企画展の開催やパンフレットの整備などが充実していました。訪問する側ではありがたい取り組みですね。
現在は、本丸跡には大乗寺、二の丸跡は八幡社となっています。散策途中に安城城の縄張りの案内図がありましたが、原図:千田嘉博先生との記載がありました。
岡崎城のある岡崎市とは隣接しており、是非訪問してみてください。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 和田親平
築城年 永享12年(1440)
主な城主 和田氏、松平氏
廃城年 永禄5年(1562)
遺構 曲輪、土塁、横堀
指定文化財 市史跡(安祥城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 愛知県安城市安城町城堀30
問い合わせ先 安城市生涯学習部文化財課文化財係
問い合わせ先電話番号 0566-77-4477