堂洞城からの転戦で、城址由来碑手前空スペース(35.437395、137.107882)に駐車し、城址由来碑前(35.437620、137.108019)に向かいました。
築城年代は定かではないようですが、応仁年間(1467年〜1469年)頃に斎藤妙椿によって築かれたと云われています。
妙椿は、もとは八百津(加茂郡)の浄土宗善恵寺で僧侶としての修行をしていましたが、1460年(長禄4年)守護代を努めていた兄利永が世を去ったため還俗し、兄の子利藤の後見人となりました。
応仁の乱(1467~77)では西軍に属して、上洛している土岐氏に代わり、東軍に属した富島氏・長江氏や近江より来援に来た京極氏の軍勢と戦い、1468年(応仁2年)10月迄にこれを駆逐し美濃国内を平定したそうです。
空堀の大部分は竹藪や雑木林となり、かなり荒れています。
攻城時間は15分くらいでした。次の攻城先=羽崎城に向かいます。
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