日本100名城

にったかなやまじょう

新田金山城

群馬県太田市

別名 : 太田金山城、金山城
旧国名 : 上野

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新田金山城
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AJ

徳川紀行~じっちゃんの名にかけて~ (2022/12/28 訪問)

、、、と松本家康が言ってくれるとか、くれないとか。
群馬県太田市世良田町。そしてお隣は徳川町。ここまで読んでピンと来たあなたは、どうしようもないくらいの家康マニアに違いない。

ご存知のとおり、家康は三河松平。それが父祖の地を東国・上野に求めます。自分たちを名門・新田源氏の血筋とするためというのが自然な考え方でしょうか。史料による検証は難しいようなので、系譜が歴史的事実かどうかはグレー(ほぼブラック?)。ただ、それだけ必死に宣伝する必要があったという部分は、営みとして興味深いものがありますね。

さて、豪族としての世良田氏は、鎌倉時代に清和源氏の新田氏から分立。新田荘世良田郷を拠点にします。一方、松平は遅くとも家康の祖父・清康の代には公的な場で「世良田」を称したもよう。一説によると、とある新田の子孫が放浪の末に三河に移り住んだのが機縁だったそうですが、定かではありません。

何はともあれ、そんなじっちゃんに影響されたのか、家康も世良田への改名を目論んだと指摘する向きがあります。ただ、紆余曲折あって(ここは端折ります。近衛前久とかが登場しますので、興味ある方は調べてみてください)、苗字は徳川に。

徳川。根本は得川(前者は後者の嘉字)。ちょっと新田に戻ると、始祖・義重(太平記のヒーロー義貞から見て、曾曾曾曾曾祖父にあたる)の四男・義季は得川と称し、この地域を開発。そこから得川姓と世良田姓に枝分かれ。さらに時は流れて家康は、征夷大将軍となった後、源氏長者の立場から新田世良田氏の末裔として、その系譜を書き加えたとされます。

とまあ、話すだけで息切れしますが、結果、世良田駅前の案内板には「徳川氏発祥の地」の文字。一方、周辺に「どうする」の幟やポスターは見つけられず(12月末時点)。家康があくまで“つながり”を求めた町は意外と静かな印象です。

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T-Shionoya

石垣の関東代表 新田金山城 (2022/11/18 訪問)

昨年11月、桐生宝徳寺の床もみじとセットで、群馬県太田市の新田金山城へ。

上野国の新田郡。足尾山地から関東平野に飛び出た比高約180mの金山を城郭とした城。
新田は東山道の上野国府と下野国府を結ぶ中継点で、古くは東山道武蔵路の分岐点。戦国期も南へ向かうルートが存続していたことでしょう。

1469年に新田一族の岩松家純が築城し、主な城主は岩松氏家臣から下剋上を起こした横瀬氏(後に由良氏に改姓)。
1584年に調略で小田原北条氏が没収し、秀吉の小田原征伐で廃城に。

現在は発掘調査をもとに大手虎口周辺から西城エリアに掛けて石垣の城を復元。
二ノ丸は竹林、三ノ丸は民家のため立入不可で、本丸は新田神社。
比高130m地点に駐車場があり、隣は西城筋違城門の食い違い虎口。本丸に向けて尾根上を進むに連れ、徐々に石垣が増すコース料理のような城。
メインの大手虎口は、直進を阻む正面土塁石垣もポイント。デザートに日ノ池が現れ、本丸は食後のコーヒー?

ゆっくりしすぎて北城等には行けず、訪問時間は3時間。
関東を代表する石垣の城が、私の城巡りの136城目となりました。

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前ちゃん

関東では珍しい石垣の山城 (2022/11/06 訪問)

足利館跡をあとにして、昼時だったが、道中のソースカツ丼のノボリに後髪惹かれながら、太田へ

太田駅から時間短縮のためタクシーで、ガイダンス施設へ。御城印をもらってから、名城スタンプのある本丸にある休憩所を目指して登山

見どころは、堀切、むき出しの岩盤上に築かれた石垣、山頂部にある2つの池

市内ではB級グルメの太田焼きそばが有名

お土産に上州菓匠「青柳」に“徳川埋蔵金”というものが

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加藤城乃助

北関東日帰り城巡り (2022/10/21 訪問)

北関東日帰り城巡りの続き。足利氏館を後に、太田市に向かい新田金山城に行きました。
西城にあたる金山モータープール(駐車場)に駐車して実城を目指して登ります。大手虎口や物見台下虎口周辺の石垣に圧倒されますが、堀切や竪堀も良く残っています。
南曲輪の休憩所で100名城スタンプを押し、実城に建つ新田神社へ。
この後、金山城跡ガイダンス施設を見学、御城印を購入後帰宅しました。

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概要

金山山頂の実城(本丸)を中心に、四方に伸びる尾根を削って曲輪を造り、堀切・土塁で守った堅固な山城。石垣や石敷きの通路、さらには石積みされた土塁など、あらゆる所に石を用いた総石造が特徴的だ。通路が石で埋め尽くされた大手虎口や南曲輪などが復元整備されている。

城郭情報

城地種類 連郭式山城
築城年代 文明元年(1469)
築城者 岩松家純
主要城主 岩松氏、由良氏、高山氏、宇津木氏
文化財史跡区分 国史跡(金山城跡)
近年の主な復元・整備 後北条氏
主な関連施設 石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、馬出、井戸
住所 群馬県太田市金山町40-98
問い合わせ先 太田市教育委員会文化財課
問い合わせ先電話番号 0276-20-7090