みねじょう

峯城

三重県亀山市


旧国名 : 伊勢

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公民館と背後の城址
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pascal

羽柴秀吉との激戦地 (2015/03/14 訪問)

 秀吉の天下取りの過程で、激戦地となった伊勢の峯城です。


【アクセス(車)】
 R306の星田橋東詰交差点(点滅信号)から橋を渡って入ります。
城址の東麓にある柴崎集落の最初の建物が柴崎公民館で、城址見学者はここに車を停めて良いそうです。
公民館脇の道を西の城山に向けまっすぐ歩いて行くと、自然と搦手道から登城する形になります。
案内看板は充実しているので、迷う事もありません。


【城の歴史】
 峯城は関氏の分家:峯氏の居城として貞治6年(1367)に築城されました。
峯氏は近郷24ヶ村を支配し、兵力は600名とされています。
 永禄の織田信長の伊勢侵攻で神戸信孝の配下に組み込まれた峯氏は、長島一向一揆との戦いに駆り出され、当主の盛祐が討死にした事で断絶してしまいます。
跡には信孝の家臣:岡本宗憲が城主として入りました。

 本能寺~清須会議を経て、亀山城の関盛信が秀吉に寝返り、岡本宗憲もこれに倣うと、峯城は滝川一益の軍に攻められ、奪われてしまいます。
一益は甥の滝川益重を城主とし、3千の兵を与えて守らせますが、冬になると近江から羽柴秀吉が大軍を率いて攻め込んで来ます。
(滝川益重は前田利益(慶次郎)の実父です)
 周辺の諸城が早々に開城する中、羽柴秀長、秀次、筒井順慶が攻める峯城は4月まで抵抗を続けたので、秀吉方諸将は開城を見届けるとすぐさま、賤ケ岳に向かったと言います。

 峯城は秀吉に同盟した織田信雄の臣:佐久間正勝が城主になりましたが、翌天正12年(1584)に入ると信雄は徳川家康と組んで、秀吉と敵対する状況になります。
3月、秀吉は北勢に再び侵攻し、亀山城の関盛信を調略すると峯城を囲みます。
攻城側は蒲生氏郷、滝川一益、関盛信などで、勝手知ったる峯城をわずか数日の攻撃で落城させ、佐久間正勝らは尾張に逃げ去りました。

 大軍相手に三度の攻防戦と落城を経た峯城はその後再度岡本宗憲に与えられますが、天正18年(1590)に宗憲には亀山城(新城)の築城が命ぜられ、そのまま居城も移転したため峯城は廃城となりました。


【見どころ】

 県の史跡ですが、整備は進んでおらず、まだ大半が山に埋もれた城址です。
日本城郭体系の縄張り図にも主郭部分しか記されていませんが、近年に調査が進んで、思いの外規模の大きな城であった事が判って来ました。
 主郭の遺構は明瞭で、“伝天守台”とされる土壇には鉢巻石垣の名残りも有りますから、本当に天守が有ったかも。
3千の兵で4ヶ月籠城した城ですから、それなりの規模感と防備は有った筈ですが、藪の中でそれを見極めるにはかなりの知見が必要なので、現在のところ“上級者向けの城”かも知れませんね。
 

【感想】
 見学のための整備は、主に地元の有志の方がやられている様ですが、『地元の声』としては、訪城する人の数がやり甲斐に直結している様です。
秀吉方の付城の跡も特定されているので、併せて訪れると戦場の臨場感を感じられる城址です。

 

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じゅんじん

峯城 (2010/03/26 訪問)

豪族のお城ですね。

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カズサン

秀吉との攻防で有名な城 伊勢未踏の城廻りⅥ (2018/12/08 訪問)

 三重県四日市市采女町の采女城を終えて南西方向直線で約10km先の峰城を目指す、城郭情報は何時もの城郭放浪記さん余湖図コレクションさんの資料による。
 ナビの地点は国道306号線と県道637号線の交差点八島川を渡った辺りにし走行しあそこが城かな?と分かりゆっくり走ってると路肩に峰城の標柱が在り方向を示してる。 少し回りを走るが駐車出来る適当な所が無いので近くに在るJA鈴鹿の駐車場を利用した。
 JA鈴鹿さんから田圃道を約400~500メートル程の所に登城口が有る、途中に案内方向板が出てる、登城口には案内解説板、峰城想像俯瞰図が掲示されてる。
 案内方向板に従って登城坂を登り本丸、天守台まで行けるあまり整備は良くなく遊歩道以外に踏み入れるのは躊躇します、杉林等に覆われており見通しは良くない、林間に各曲輪を確認する。

 天正11年(1583年)滝川氏と秀吉の攻防で開城、天正12年(1584年)織田信雄と秀吉の攻防数日で落城、その後廃城の様子。

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todo94

山城サミット加盟 (2012/01/14 訪問)

この日、最後に訪れた峯城も山城サミット加盟の城。登城口は案内表示があってわかりやすかったが、主郭の遺構は今ひとつ判然としなかった。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 峯政実
築城年 正平年間(1346〜1370)
主な城主 峯氏、岡本氏、滝川益重、佐久間正勝
廃城年 天正18年(1590)
遺構 曲輪、天守台、櫓台、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 県史跡(峯城跡)
再建造物 碑、説明板
住所 三重県亀山市川崎町森4155
問い合わせ先 三重県教育委員会事務局社会教育・文化財保護室
問い合わせ先電話番号 059-224-2999