とばやまじょう

鳥羽山城

静岡県浜松市

別名 : 鳥羽山砦
旧国名 : 遠江

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本丸大手門枡形を南より
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カズサン

鳥羽山城-7/7 本丸大手枡形大手門跡編 (2025/02/25 訪問)

 鳥羽山城-6/7 本丸大手枡形一の門虎口編の続です。

 鳥羽山城大手道、大手枡形一の門虎口を経て大手門枡形大手門跡に着きます、春の桜、夏のみどり楓、秋の楓の紅葉と四季折々の見所が有ります、大手門跡は本丸東城塁石垣南端塁台?と本丸南城塁石垣東端塁台?に挟まれた本丸南東エリアが枡形を構築しています、大手門跡は枡形の北に位置し周囲は石垣で構えられて居ます。 
 
 鳥羽山城を7編に分けて投稿しました、冬枯れ、草刈り、灌木伐採剪定されていて石垣、土塁、堀切など大変見易く成って居た時期の探訪でした。長々との投稿ご覧頂きありがとうございました。
 
 昨年秋ごろより二俣城、鳥羽山城の景観整備の樹木伐採、選定がされて居ましたが今年1月末には作業が終わって居ますので、少し温かく成った2月末から3月初め頃に二俣城。鳥羽山城を訪れて探訪報告投稿をさせて頂きます。
    

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カズサン

鳥羽山城-6/7 本丸大手枡形一の門虎口編 (2025/02/25 訪問)

 鳥羽山城-5/7 大手道と堀切編の続です。

 大手道を本丸東側土塁石垣の城塁に突当り、南へ折れると大手門枡形を構築する一の門虎口に当たります、本丸東城塁石垣の南へ突き出した城塁石垣と南側の石垣塁との間に虎口があり一の門に当たる?のでしょうか、門跡が在ったかどうかは分かりませんが虎口です。
 その虎口周りと東の丸Ⅰ、東の丸Ⅱの内部写真も投稿します。

 鳥羽山城-7/7 本丸大手枡形大手門跡編に続きます。
 

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カズサン

鳥羽山城-5/7 大手道と堀切編 (2025/02/25 訪問)

 鳥羽山城-4/7 搦手門と西の丸Ⅰ編の続です。

 鳥羽山城の大手道は規模は違えど小牧山城の大手道階段、安土城の大手道石段と同じ直線大手道です、掘尾氏が改修した鳥羽山城は掘尾氏が体験した、小牧山城、安土城の影響は受けていたのでしょう。
 発掘調査で従来からあった大手道石畳道の幅より広く6mを超えるほどの大手道が発見、同左右の根石部が出土しています、大手道の左右は北側に東の丸Ⅰ、南側に東の丸Ⅱが構えて横矢掛り、大手道奥は本丸東土塁石垣が正面に構えて一つの枡形虎口を構成しています、優雅な中にも厳しい防御構造です。大手道奥に一本の桜が有りましたが老木と成り朽ちて数年前に伐採されてしまいました、そのお陰で大手道を進み本丸東土塁石垣が正面に防御する本来の姿がよく体現できます。
 大手道の手前には北側尾根筋東に向かって二本の堀切が残って居ます、更に東には登城道路に成って居る大堀切道?が有り見事なものです、往時に堀切が有り登城道路に利用活用したものなのか?は判りませんが大堀切です。
 
 鳥羽山城-6/7 本丸大手枡形一の門虎口編に続く。
  

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カズサン

鳥羽山城-4/7 搦手門と西の丸Ⅰ編 (2025/02/25 訪問)

 鳥羽山城-3/7 本丸西側鉢巻石垣と腰巻石垣編に続く。

 鉢巻石垣と腰巻石垣を探訪観察前に本丸の搦手門辺り同石垣と西の丸Ⅰ(元笹曲輪)を探訪観察、搦手門跡の石垣も草刈り灌木伐採され搦手門跡の西側の土塁城塁も草刈り灌木伐採されて景観整備、大変良く観察見学出来ました。

 鳥羽山城-5/7 大手道と堀切編に続く。
 

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 徳川家康
築城年 天正3年(1575)
主な城主 大久保氏
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切
指定文化財 国史跡(二俣城跡及び鳥羽山城跡)
再建造物 碑、説明板
住所 静岡県浜松市天竜区二俣町二俣字鳥羽山