はやしこじょう

林小城

長野県松本市

別名 : 福山城
旧国名 : 信濃

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モト

主郭の石垣に思わず声が出てしまいました (2023/01/12 訪問)

この日は雪が積もる山を上にある主郭を目指して登りました。
登城口を歩くと、すぐに地獄の釜という沼があります。
昔、馬一頭が引き込まれたとの事、さすが地獄というネーミングが付いているだけある恐ろしい逸話のある沼です。
城の水の手という話しもあるようで、現在は井戸のようになってました。
主郭までの道のりは曲輪や竪堀や魅力的な遺構が見れました。
頂上の主郭が近づくと、囲んだ石垣が見えてきます。
雪が積もってると足場が滑りやすいのと、道が合っているのか不安を覚えながらの道のりです。
石垣が見えた時の喜びは大きかったです。
ここは林大城とのセットでぜひ訪問ください。
両城の遺構はもちろんですが、当時の2城の連携がどうだったかと連想しながら楽しめると思います。

登城口には駐車場はありません。
若干のスペースがあり、停めて獣よけフェンスを開けて山に入りました。
私はそのまま停めて林大城も見学しました。

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はなじろー

石積みが立派 (2022/05/01 訪問)

林大城の後に続けて訪問しました。
土塁と石積みが立派です。
帰りは廣澤寺側に下りましたが、途中の松林がマツクイムシのせいか立ち枯れしていました。
廣澤寺に至るアプローチは雰囲気があります。

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todo94

県内の城めぐり2022㉕ (2022/05/07 訪問)

此処も9年ぶり2度目の攻城ですが、ともに国史跡に指定された林大城と同じ日に攻城したのは今回が初めてです。初攻城の時は林大城より素晴らしい城に感じたものでしたが、今回はさほどのことはありませんでした。原因は日差しにより石垣の写真が満足に撮れなかったことにありそうです。曇天の攻城がお薦めです。登城口へと誘う案内表示に乏しく、駐車場にも難渋する状況ですが、遺構の破壊を防ぐ目的もあるような気がしています。

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昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り2日目:林小城 (2021/06/28 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り2日目の2城目は林小城です。
駐車スペースは少なく、道路脇空スペース(36.224041、138.005139)に駐車し、そこから徒歩1分/50mの登山道(36.224094、138.004637)から攻城しました。

林小城は筑摩山地の西側に突き出した尾根上に築かれた山城で、南北朝争乱の功績により信濃守護となり府中(現在の松本)に入った小笠原貞宗によって築かれました。
麓の大嵩崎集落を挟んだ林大城とあわせて林城とも呼ばれています。
小笠原氏は、林城と平地に築いた井川城を拠点とし、周囲の山々に次々と山城を築き上げ、防衛線を構築していきます。
小城は古城とも書けることから、大城よりも古いと考えられてきましたが、最近では、小城の方が縄張が複雑であることから大城よりも後に築かれたと考えられています。
小城の主郭を取り巻く石垣や縄張りなどは、山家城や桐原城との共通性が高いとされています。
1550年(天文19年)7月15日に武田氏の攻撃を受けて大城と共に自落しました。

案内標識があり歩き易く、1郭まで迷わず行くことができます。土塁や石垣、堀切が残っています。
攻城時間は50分くらいでした。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 小笠原氏
築城年 長禄年間(1457〜1460)
主な城主 小笠原氏
遺構 曲輪、石積、土塁、堀切、竪堀
指定文化財 国史跡(小笠原氏城跡)
再建造物
住所 長野県松本市里山辺林
問い合わせ先 松本市教育部教育政策課教育文化センター
問い合わせ先電話番号 0263-32-7600