おがわじょう

小川城

奈良県吉野郡

別名 : 春戸城、鷲家口城
旧国名 : 大和

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南の尾根の石積
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しんちゃん

居館跡の遺構 (2024/11/09 訪問)

主郭から南へ尾根沿いに登って行くと扁平地があり、その先に謎の石積が続いています。どう見ても中世のものではないのですが、いったいこれはなんだろう? とりあえず尾根沿いに北に戻って南東にある居館跡を目指します。
この居館跡ですが、標高は主郭に近く、居館跡としてはかなりの高所にあります。相当の広さがあり、南北に幾段かに分かれており、東側に切岸はかなり急峻です。切岸に土塁は無く、逆に尾根側に土塁と堀が設けられています。尾根側から敵が攻めてきた時の備えかな? 変わった縄張りになっていますが、それだけ切岸の守りに自信があるということでしょうか。

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しんちゃん

堀切と土橋の遺構が多く残り、切岸は険しい。 (2024/11/09 訪問)

三の郭の先に堀切が有り土橋がかかっています。この城は尾根上に堀切と土橋の組み合わせが結構多く配置されており、いずれも遺構や形状が良く残っています。切岸は急で土塁などは残っていないようです。よほど切岸の守りに自信があるのか、南の中腹部にのこる居館も同様に切岸の側には土塁が有りませんでした。二の郭の先に土盛り(石垣)があって、その先が主郭になります。奥の石積みの上は櫓台と見られますが、石垣はいつの時代のものか解りません(おそらく後世)。櫓台の上には城址碑がありました。
主郭の背後は堀切で仕切られ、その先の尾根にも堀切があり土橋がかかっています。その先を南西に降りていくと居館跡になりますが、勘違いして南の尾根をまっすぐ進みました。とはいえ、そのあたりも城址には違いないと思うのですが。

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しんちゃん

実はけっこう見どころの多い城 (2024/11/09 訪問)

小川城は小川氏の城で、小川氏は丹生川上中社の神官職にあった武士で長禄2年(1458)に神璽奪還に確約したとされています。城址への道は地元の方に聞きました。東吉野村役場の少し南西にNTTドコモの「東吉野無線中継所登り口」と書かれた標識があるので、そこから入って黄色い屋根の家を目指して登って行くと、脇から山への道が続いています。道は整備されていて登りやすいので、ひたすら登って行きます。
城址は北から南に侵入し、三の郭、ニの郭、主郭と続きます。三の郭の前に浅い堀切があって、西側に広い郭があります。

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後南朝の神璽を奪い返した立役者だったのか (2024/04/20 訪問)

城びと先達の投稿を見て行きたい城にノミネート。吉野町方面からアプローチしました。道路がかろうじて川のそばを走り、両岸は切り立った山の状況が続きます。不安の中、目印の東吉野町役場がある、ほんの少し開けた場所が現れました。
イオさん投稿の案内が分かりやすく、登城口はすぐに見つかりました。佐味城と言い、ありがとうございます!しんしんちゃんさんにも感謝です。
山深いところながら、城域は広く、先達のレポート通り、連郭式で堀切で守られています。小川氏は、勢力があったのでしょうね。石垣の片麻岩に中央構造線近くを感じます。
碑文を見ると、小川氏は、後南朝から神璽を奪い返した立役者だったのですね。赤松氏の浪人らが奪い返したと言われますが。小川城は、後南朝が置かれた、吉野や川上町に近く、様子をうかがい易いでしょうが、反撃も受けやすいだろうに。
この日は、佐味城、今井城、二見城、秋津城、小川城と巡り、城びと登録の奈良県の城を全部訪れることができました。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 小川氏
築城年 戦国時代
主な城主 小川氏
遺構 曲輪、土塁、堀切、竪堀、土橋
再建造物 説明板
住所 奈良県吉野郡東吉野村鷲家口字ハルトヤ山