やぎじょう

八木城

京都府南丹市


旧国名 : 丹波

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北屋敷群跡
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イオ

端から端まで見どころ有り (2020/11/21 訪問)

(続き)

八木城は周辺の曲輪群にも見どころ盛りだくさんです。

八木城の北麓、八木春日神社の裏手の登城口からすぐのところに階段状に整地された曲輪群(北屋敷群)があり、堀(通路?)が中央を通り、何故か五輪塔が点在しています。
北屋敷群からつづら折りの登城路を登り、尾根に出たあたりが対面所(大八木但馬)と呼ばれる曲輪群で、西端に土塁と堀切が残り、かつては大手門があって来訪者の取次ぎをしていたと考えられています。
本丸から南側の虎口を出て、ロープを頼りに下りていくと内藤土佐と呼ばれる曲輪があり、さらに南西方向にも小曲輪群が続いていて、縄張図によればその先には長大な竪堀があるようですが、整備された道を見つけられず、またこの日は朝一番の周山城で斜面を滑落しかけているので、行くのはやめておきました。
二の丸から北に下っていくと内藤五郎と呼ばれる曲輪があり、土塁が残っています。さらに北に進むと、その先の北の丸(並河重郎)との間を深い堀切が断ち切り、堀底の内藤五郎側には明智光秀に攻められた際に内藤一族の姫が脱出したと伝わる洞窟(姫の洞窟)があります。
二の丸から烏嶽に至る途中には八木玄蕃と呼ばれる曲輪があり、数段の段曲輪で構成されています。
最西部の烏嶽(内藤法雲)は南北に逆くの字状に曲輪群が連なり、北西の頂部西側には堀切が、南西の頂部南西側には堀切と石垣があります。また、堀切の先にも謎の石積みや石組みの穴(井戸?)が見られるなど、中心部から少々距離はあるものの、足を運ぶだけの価値は充分にありました。

…ということで、端から端まで見どころがある八木城を存分に堪能したのは良かったのですが、この日は周山城と八木城で計6時間以上も山道を歩き回って足の疲労が限界を超えたため、八木城の後は亀山城に行くつもりが、平山城だろうが平城だろうがこれ以上歩きたくない!! と午後2時台に撤退。早々と帰途につきました。東丹波の二大山城は想像以上に手強かったです…。
 

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イオ

丹波国三大山城 (2020/11/21 訪問)

詳細は不明ながら、室町期に丹波国守護代・内藤氏の拠点として築かれた城で、同じく丹波国三大山城に数えられる八上城の波多野氏や黒井城の赤井氏との抗争の中、キリシタンとして知られる内藤ジョアンが城主となったようですが、明智光秀の丹波攻めにより落城。その後、明智秀満が入城し、しばらくの間は亀山城の支城として機能したようです。

城山山頂から四方にのびる尾根に曲輪群を配した大規模山城で、本丸の説明板の縄張図によれば、主な曲輪には屋敷があったとされる守将の名が付けられています。
本丸(内藤備前守)には西端に土塁、南西部に金の間と呼ばれる櫓台、その隣に虎口があり、本丸の周囲にはところどころに石垣が見られます。本丸からの眺望は素晴らしく、周山方面から亀山(亀岡)方面にかけてを一望することができます。本丸北東下の腰曲輪には明智光秀が勝鬨をあげたと伝わる岩がありました。本丸北西部の枡形虎口を出た先は二の丸で、尾根沿いに細長く続いていますが、中央部に櫓台状の土壇があり、その西側に堀切を設けています。また、二の丸南西部(内藤和泉)には土塁が、北西下には石垣が見られます。

八木城の見どころは中心部だけでなく、四方に連なる曲輪群も見逃せません。(続く)
 

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あんどれ

御城印発表記念式 (2020/11/23 訪問)

丹波八木城の御城印が発表になり、その記念式が市長等ご臨席でありました。

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まーやん

多分大河では取り上げないだろうが… (2020/10/24 訪問)

赤井氏の黒井城や波多野氏の八上城と並び丹波三大山城と称されるが八木城は守護代の居城であり赴きが違う。
市で赤色航空測量をされ詳細な全体像が見えてきたらしい。
今回は石垣と堀切&切岸をリサーチしてみた。
黒井城に見るような落城後、明智の改修による石垣の増強といった状況は、裏込めを見た結果見受けられなかった。石垣を高く積んで切岸のように落とすといった共通点があり、堀切は少なかった印象。
初めて足を伸ばした烏嶽曲輪は鶴翼の陣を取り入れたかのように見える。北辺の敵に対峙したのかも。
曲輪は雛壇状に連続することが多い。専門家の方も謎多き城とのこと。家臣の屋敷群が山の麓に集中し、本丸下に対面所と言われる場所がある。信長か(笑)
本丸からは愛宕山から京都の西山連山が見えるが、光秀が陣取ったと思われる刑部城跡も確認した。
私にしては珍しく観光から調査的な登城となった。同行者が良かった(笑)

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城郭情報

分類・構造 山城
天守構造 不明(天守台あり)
築城主 内藤入道
築城年 室町時代
主な改修者 明智光秀
主な城主 内藤氏、松永氏
廃城年 不明
遺構 曲輪、櫓台、石垣、土塁、井戸
再建造物 説明板
住所 京都府南丹市八木町八木内山他、亀岡市宮前町神前大谷他
問い合わせ先 南丹市役所
問い合わせ先電話番号 0771-68-0001