やぎじょう

八木城

京都府南丹市


旧国名 : 丹波

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登城口近くの石碑
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侍ホリタン

キリシタン武将、内藤ジョアンの居城を訪ねて (2022/05/28 訪問)

松永久秀公の弟内藤宗勝の子として生まれた内藤忠俊公は、乳母がキリスト教信者であったことからフロイス神父の洗礼を受けてジョアン(如安)と名乗るようになります。足利義昭公に仕えて備後国、鞆の浦下向中に八木城は明智軍によって落城、その後はキリシタン大名小西行長公に仕えます。関ヶ原の戦い後は、前田家の家臣となりましたが徳川幕府のキリシタン追放令によって高山右近公と共にマニラへ追放、マニラの地で一生を終えます。
本丸跡にベンチが複数設置されていて京都方面の山々を見ながら休憩することができます。 駐車場は東回りで登る場合は春日神社、西回りで登る場合は西山墓地下駐車場が近くて便利です。 西回りで登った場合、途中で分岐があります。左手に行くと岩場のある急なコース、右手に行くと緩やかなコースになります。妙見宮跡方面に行く場合は緩やかなコースを進む事になります。近くの料亭八光館にてプレミアム御城印が販売されています。

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おっちゃん

八木城城跡図 (2018/03/04 訪問)

現地案内板より抜粋

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ヒロケン

丹波国有数の山城 (2022/05/28 訪問)

八木城は京都府南丹市八木町八木JR八木駅の南西にある、城山(標高344m)にある複合梯郭式の山城です。キリシタン武将内藤ジョアンゆかりの城として有名です。城郭の広さは広大で山頂部に本丸があり、尾根筋に多数の曲輪が築かれ、丹波国三大城郭(八上城・黒井城・八木城)の一つとして数えられています。八木城を一躍有名にしたのが、明智光秀公による第二次丹波国征討戦で、光秀公をもってしても八木城は堅城であったため、容易に攻め落とすことができず、内通工作を行いやっと攻め落とした八木城の戦いです。

現在の八木城は曲輪・石垣・堀切・土塁などが多数残り、戦国乱世の山城の形態を色濃く残しています。駐車場・トイレ等ありません。登山道入り口横100m程にある春日神社の駐車場を利用させて頂きました。

今回初めて八木城を訪問しましたが、八上城訪問後の八木城だったので、正直本丸に辿り着いた時には、ヘロヘロ(>_<)で広大な城域を全て見学できず下山しました。朝3時に豊橋を出発し、寝不足の状態で山城2城を攻略しようとしたのが、間違いでした(>_<) 次回、機会を作って再訪問したいと考えています。

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BUGTI

丹波三大山城のひとつ (2021/11/29 訪問)

明智光秀により改修され、城域が広く全体の見学は大変です。ところどころに遺構が残っていますが、特に城山の西の鳥嶽に残る石垣や堀切は見ものです。登城道は整備されていましたが、高い斜面についた細い道を通るところもあり、肝を冷やしました。この地域は秋から冬にかけての季節に朝10時ぐらいまで霧で包まれることが多く、雲海が楽しめます。

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城郭情報

分類・構造 山城
天守構造 不明(天守台あり)
築城主 内藤入道
築城年 室町時代
主な改修者 明智光秀
主な城主 内藤氏、松永氏
廃城年 不明
遺構 曲輪、櫓台、石垣、土塁、井戸
再建造物 説明板
住所 京都府南丹市八木町八木内山他、亀岡市宮前町神前大谷他
問い合わせ先 南丹市役所
問い合わせ先電話番号 0771-68-0001